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アルエ・第四話 【投稿日 2006/07/01】 アルエ 朝 7 35 「ええ、さっき駅に着いて、今、一般行列の横、通ってます。ハルコさん達この中ですか?」 「そー。今、立ってるけど、そっちから見えないかな?」 「……いやあ、見えないですね。ハルコさん達は先に買い物するんですよね?」 「ぅ、うーん…。だからそっちのサークルスペース行くのは昼頃」 そこで大野がハルコの手から携帯を引っ手繰った。 「いいえ! ハルコさん、田中さん、私は着替えたら”スグ”行きますので。買い物は荻上さん”だけ”です」 言うだけ言って、大野は喜色満面でハルコに携帯を差し出した。荻上にふふんと鼻を鳴らして。 荻上はムッツリしてキャップを深く被り直す。 苦い顔でハルコは携帯を受け取った。 「……じゃ、そっちヨロシク…」 「……はい、じゃ、後ほど」 笹原はハルコの心中を慮って苦笑いを漏らした。しかし、裏腹に胸は高鳴る。 目の前に巨大なモニュメントの如き建造物が迫るにつれて、そのボルテージは確実に上がっていく。 「楽しみだねー」 真琴が携帯をしまい込む笹原を見ながら行った。 朽木は既に尋常ならざるシチュエーションに浮き足立っているが、真琴はいつもの笑顔で余裕がありそう。 やはりサークル入場に真琴を入れたのは正解だ。 「そうだねー」 「どっちが?」 「ふえっ?」 喉から素っ頓狂な音が飛び出して、笹原は言葉に詰まった。どっちがって…、どれとどれが? 真琴は無邪気に笑ったまま、 「どっちも楽しみだねー」 「ははは…」 笹原も合わせて笑った。 真琴はそのまま、朽木と話しながらすたすたと歩いていく。 笹原は息を整えつつ、真琴の後姿をじっと見つめた。 どっちって、当然、片っぽはサークル参加で、もう片っぽは…。 笹原は自分の胸の中だけにある答えを確かめる。そこには、確かに今日もう一つの楽しみなことがあった。 自分でも、それを楽しみだと確認することを無意識に避けていた楽しみ。 笹原は真琴の背中を見ながら思った。 やっぱりそうなのかなあ。女の子って、そういうこと本人以上に鋭いものなんだなあ。 楽しみは今、一般参加の列の中に紛れていた。 「ちょっといいですかネ…」 小さく手を上げてハルコは尋ねる。 大野は喜びに堪えない顔をしていて、田中は眉をひそめて汗をかいていた。 その汗の成分の半分は反省か申し訳なさで出来ているのかもしれない。 「今日…、マジでやるの…?」 「マジです!」 「でもぉ~…、サイズ測っただけで…、どんなコスするのか全然聞いてないんですけどネ…」 「心配ありません。ハルコさんは身を任せてくれればOKです」 「それが心配だっつってんだよ…。あれだよね…、親が泣くような衣装ではないのですよね?」 「むしろ親さえ感涙にむせび泣くこと請け合いです!」 言下に断言した大野であったが、その後、口に手を当ててニヒヒ笑いをしている姿を見るにつけ、 ハルコの不安はいやが上にも高まるばかりだった。 「大丈夫なんでしょうね…、こんな場所でトラウマ背負い込みたくないんだけど…」 「今日のフェスティバルに相応しい衣装ですよ。ねー田中さん」 語尾に『はぁと』とルンルンがつきそうな勢いの大野に、田中はお手製の作り笑顔を向けていた。 「そーだね…」 荻上が呆れ顔で指摘する。 「田中さん、目が死んでますよ」 「Shut up! コスプレ班でない人は黙ってて下さい」 「私…、いつの間にそんな班に入れられてたの…」 ハルコは溜息を漏らしたが、まあ、良しとした。 現視研初サークル参加のコミフェスにハルコもテンションのギアが一つ高かったのだ。 ともあれ、こうして『コミックフェスティバル 2004夏』3日目の朝を迎えた。 梱包を解いた先にはスカートを摘み上げる幼女会長のお姿が美麗に印刷されていた。 まるで初めて同人誌を手にしたような(というのは感動的なようで全然そうじゃない表現だが)気持ちで 笹原はじっとその会長を隅から隅まで見つめ尽くした。 ページをめくる。 「うわ……」 本当に自分達が描いたマンガが印刷されている。 「わーわーわー……」 本物の、本物の自分達が作った同人誌だ。 「いい出来だね。印刷ミスも無し」 忘我の心地であった笹原とは別に、真琴は落ち着を払っている。 地獄の一週間を経験していないからかもしれないが、これは真琴の元来の性格のせいだろう。 「じゃ保存用に……、20冊だっけ? 抜いとこう。それと提出用の本に見本誌票を貼んないと」 「あ、そーだね」 テキパキと段取りを進める真琴に引っ張られて笹原も設営の作業に移る。 今日はこれからが本番。まだまだこんなところで浸っている場合ではなかった。 さすが高坂さん、頼りになります。 設営が終わったスペースを前に、 「どう?」 「いい感じ、いい感じ」 特に派手なわけではないが、ま、こんなものだろう。 本が二段に詰まれ、表紙絵を流用したポップ。なかなか様になっているんじゃなかろうか。 「や」 「あ、高柳さん」 肩にタオルを掛けた高柳がやってきた。片手には同人誌を持っている。 恐らく漫研発行の新刊だろう。 「お~~、出来てるじゃない。いーねぇ」 「おかげ様で…」 笹原はいろいろな意味を込めてその言葉を言った。 この人には本当にいろいろ迷惑を掛けてしまった。主に春日部君が。 「その節は、本当に申し訳ございませんでした」 「まー、いーって…。俺も忘れたいし…。これ、ウチの新刊ね、とりあえず一冊」 いい人だなあ、高柳さん。 笹原はそっと高柳の幸福を願いつつ、同人誌を卒業証書を受領するような手つきで受け取った。 「あっ……、はい。じゃウチも一冊」 『ウチも一冊』っと言うのは、何だかゾクっときた。 そう、これはウチの同人誌なのだ。まだちょっと照れが入るが。 「ありがと。あっ、そうだ…」 そこで高柳は、また見慣れた表情をした。高柳の代名詞的な不表情である困り顔である。 ジト汗に押されるように眉尻が下がっていた。 「ハラグーロ来てるらしいから、気をつけてね」 「えっ……漫研のチケットで入ったんですか?」 「いや、大手サークルかどっかから入手したみたいね」 うわー、と思わず笹原は声を漏らした。あの人が絡むと本当にロクなことが無い。 ぜひ顔を出して欲しくない相手なのだが、いざ来たらどうしようか。 外にハルコも来ていることが脳裏を掠める。それと、今日は春日部が居ないことも。 今日は楽しい思い出になると決めてかかっていたというのに、まったく、出ばなを挫かれた。 「春日部君が居ないってのは、不幸中の幸いですかね…」 笹原は呟くように声を漏らす。気付けば高柳と同じ顔になっていた。 「あー、聞いたソレ…。正直スッとしたよ。……じゃーもう、みんな知ってんだ?」 高柳が訊いたのは、当然ハルコと原口の因縁のことだ。 ハルコが原口のせいで蒙った迷惑といったほうが正確かもしれない。 「ええ、まぁ、田中さん達から…」 高柳はまた眉尻を下げた。 「今日、斑目も来てんだよね…。顔合わさなきゃいいけどなあ…」 と、そこまでは真面目に心配そうにしていたのだが、急に何やら少しばかり恥かしげに高柳は頬を染めた。 そして真琴をちょっと気にする素振りをみせて、笹原に顔を近づける。 「斑目、コスプレするって言ってたけど、そーなの?」 んん? 「えぇ…。大野さんと一緒にコスプレで売り子さんしてもらう予定ですけど…」 「やっぱくじアンキャラ? 誰?」 「いや、知んねっす…」 「はぁ~~~、なんだろね…、目覚めたの?」 「いやぁ…、半ば無理矢理ですよ」 「まーそんなとこか…。じゃ、俺、自分のとこ戻るよ…。んじゃまた後で…」 「どーもー…」 笹原は高柳をいやに細い目で見送った。 横で真琴が笑顔でその光景を見守っていた。 「あ、そうだ。後で原口さん関係で断った人達にあいさつ行っといた方がいいかもね」 「あー……、そうかなぁ……」 笹原は生返事を返すのみだ。 幸いなことに、原口が現視研の売り場に顔を出すことは無かった。 今のところは。 10 00 会場にアナウンスが流れる。 『だだいまより、コミックフェスティバル2004夏 3日目を開催いたします』 「あれ…、大野先輩達はまだ来てないんですか…?」 意外なことにスペースに最初に現れた現視研メンバーは荻上だった。 笹原たちの予想では大野さん達が来るもの思っていたのだが。 荻上は夏らしいノースーブに、首にアクセサリーまで付けていて、それまた意外だった。 「どうですか、売り上げの方は…」 「ま、ボチボチかな。あっちから回って入って」 荻上は裏に回ると早速本を手に取った。 「あ、やっぱり気になった?」 「ええ……、一応自分も描いてますから」 荻上は刷り上った『いろはごっこ』を少し離して眺めると、笹原たちの目を避けるように背中を向けて目を通した。 「どう?」 笹原が尋ねる。 「まー…、いいんじゃないですか? 男性向けなんで、本当にこれでいいのかどうか微妙ですけど…」 荻上はそっと紙袋に本を戻す。 「でも、いざ本になると、感慨深いものがあるよね~~」 笹原は立ったまま肩越しに話しかけている。 荻上は二の腕を隠すように腕を擦っていた。 「まあ…、そうですね…。少しは……」 少し恥かしそうに笹原には見えた。 荻上が顔を上げると、目の前に笹原の背中がある。 それを見ていると、荻上の口は会話を求めているみたいに、むずむずと疼いた。 「……立ってやってるんですか?」 「ん?」 笹原が振り向いて、荻上はまた周囲に視線を逸らす。 「そっちの方が目立つかなって、高坂さんのアイデア」 「あー…、なるほど…」 また笹原が前を向く。また口がむずむずして、荻上は唇をこじる。 えーと…、何かねぇがな…。何か…、出来るだけどーでもいいやつ……、えーと…。 「大野さんたちは?」 荻上の筆が跳ね上がる。笹原に先に越されてしまった。 「入場で、別れたきりです…」 「へー、二人ともだから、時間くってんのかな?」 「あー…、そうかもしんないすね…」 「うん……」 「はい……」 「………………そっか」 笹原は、前を向いてしまった。ちょっと苦笑気味だった。 うーん、と荻上はまんじりともしない表情で背中を見つめる。 あ、お客だ。 「1部下さい」 「ありがとうございまーす」 笹原は子供のような顔で嬉しそうにお釣りを渡す。 荻上は少しだけそれを見つめて、またうーんと二の腕を擦った。 会話が続かない。まー、話すことがない以上、続かないのもむべなるかな。 どこかに話の取っ掛かりはないものだろうか? 荻上は一度はしまった同人誌を取り出して、パラパラとめくった。 そこは荻上と笹原が一緒に過ごした時間がたっぷりと詰まっていた。 くじアンの話にしようか、同人誌の話でもしてみようか。 久我山を含めて三人で缶詰した話はどうだろう。 私は途中で帰って自分の家で寝たけど、笹原さん達は毎日どんな風に朝を迎えたんだろう。 荻上は、小さく笑った。 別にわざわざ探すまでもない。もうみんなで一緒に過ごした時間がこんなにもあったんだから。 「同人誌、出せてよかったですよね」 「ん? ああ、本当、一時はどうなることかと思ったけどねー」 笹原は笑顔が堪え切れないような、そんな笑顔をしている。 荻上もつられて顔を崩しそうになって、キャップの鍔を深く引いた。 「もー、本見た瞬間に走馬灯が駆け巡ったよ」 「それ笑えないですよ」 荻上は苦笑していたが、心は弾むように軽かった。 こんな気持ちは、もうずっとずっと感じたことがなかった。楽しいと思った。 「でも、荻上さんには悪かったなあって思うんだよね」 笹原は通路を通る人を気にしながら、弱り顔を荻上に向けた。 「本当はもっと俺がちゃんとしなきゃいけなかったのにさぁ。結局シワ寄せいっちゃったし」 荻上は胸の奥がギュと鳴くのを聞いた。 頭にある光景が浮かぶ。 自分に掌を広げて精一杯強がった顔をしている笹原。そしてしたり顔でフォローをする春日部の顔。 『【女の子】だから負担かけないように』 その言葉が耳に木霊していた。 笹原は喋り続けている。 「ほら、だって荻上さんは…」 荻上は笹原を見上げる。顔が噴火しそうなほど赤く火照っている。それに気付いて慌てて顔をあさってに向けた。 いっそ何も聞こえないように、大声でも出してしまいたかった。 次に笹原の口から出る言葉を、聞きたいのか、聞きたくないのか。 今は、じっと笹原の声が耳に届くのを待っていた。 「1年生だから。いきなりいろいろやってもらうの、申し訳なくて」 「………いいっす、別に…」 がっかりなんかしてない、と荻上は自分に言った。 「どうぞご覧になって下さーい」 真琴の平べったい客引きの声が響いた。 「あ~~、スゴーイ! 本当にやってる~~!」 お昼近くになって大野率いるコスプレ班がやっと笹原たちの元へやって来た。 大野の格好はもちろん、 「お~~大野さん、副会長式典Ver.か」 「くじアン本ですからね!」 周囲の視線を集めて、コスプレした大野は実に堂々としている。 しかし、何だか妙に歩きにくそうだ。 だがそれでいて、大野は明らかにいつもより生き生きしていた。 「随分かかってたね…」 笹原は少しキョドリ気味に訊いた。 実はさっきから大野の後ろで小さくなってる影が気になっているのだ。 「あはは、ちょっと説得に時間を要しまして」 「説得じゃない…。脅迫でしょっ!」 ハルコは大野の背中に肩を丸めてしがみ付いている。頭にゴーグルが見えた。 「あ、いづみコスですか? ……あれ? でも…」 帽子じゃない。ねじり鉢巻? 「ほら! いい加減に覚悟決めて下さいっ!」 大野が勢いよく体を振り回す。 背中から追い出されたハルコはタタラを踏んでよろめき出た。両足の下駄がカランと鳴った。 壊れそうなくらい細く白い脚がホットパンツから伸びている。 対照的に真っ赤になった顔。纏った薄布の祭り半纏の合わせを自分の体を抱きしめるようにして閉じていた。 眼鏡のない瞳が、ちょっとだけ涙ぐんでいた。 「ちょ、え? それ、ええ~~~? 巻末の合作マンガのテキ屋コスじゃないすか…」 笹原は噴き出した汗と赤面を隠すように、手で覆って顔を伏せる。 でも、目はしっかりハルコの生脚に固定されてしまっていて、それが余計に恥かしく思えた。 「う~~ん、まあ、今日はお祭りだしね~…」 田中は自嘲気味に言った。が、何気に満足そうだ。仕事を終えた感を漲らせた顔をしている。 「ちょっとハルコさん。なに前を隠してるんですかっ!」 大野がさっきとは真逆に後ろからハルコに組み付いた。ハルコのこれまた細い両腕を鷲づかみにする。 「せっかく苦労して巻いたサラシが全然見えないじゃないですか!」 「いい、見えなくていいの!」 ハルコは体を丸めて必死に抵抗してる。 赤い顔をますます真っ赤にさせて、四角い駒下駄がカンカンと鳴る。 腰を落として抗う様は、まるで手篭めにされそうになるのを死力を賭して逃れようとする姿にも見え、 目の毒だ。 「ハルコさんでコスと言えば『へそ』なんですよ? ちゃんと皆に見せてあげて下さい!」 「誰が決めたのよぅ、そんなこと」 涙を溜めて抗議する表情が嗜虐心を刺激したのか、大野の悪ノリは止まらない。 「うふふ~~~、よいでわないか~、よいでわないか~……」 「ちょっと…、ほんとぅ、マジでやめて~~」 一時的に忘我の境地で大野攻め×ハルコ受けを鑑賞していた笹原だったが、 流石に周囲の皆さんの視線が痛くなってきたので止めに入った。 「ま、まあ、大野さん…、その辺で……。一応、公共の場だから……」 「むうう…。仕方ないですね。まったく意気地無しなんだから」 開放されたハルコはペタリと床に座り込んだ。それを大野が妙に勝ち誇った顔で見下ろしている。 ハルコは大野の影に怯えるように、またギュっと半纏の前を固く合わせた。 「ほら、サークルスペースの中に入りますよ。そんな所に座ってたら周りの迷惑です」 ついさっきまで周り人達の目のやり場を困らせまくらせていたくせに。 大野は愚図るハルコを手を引いて島の端へ歩いて行った。 笹原は小さく息を吐いた。 それはちょっと温度の高い溜息だった。 カメラのファインダーを覗いている田中に目をやる。 「時間が掛かってたの…は、こういうことでしたか…」 「まあねぇ…、相当ゴネてたみたいだから…」 「そんでよく着ましたね…、ハルコさん」 「まあ、それは何ちゅうか…、大野さんの力業かな…」 「力業ですか……」 あちこちに脚をぶつけながら半泣きで引っ張られているハルコと、意気揚々とした大野が 内側を回って笹原たちのサークルスペースに到着した。 荻上が呆れた表情で大野に尋ねる。 「無理矢理やらせたんですか?」 「いいえ。ただ協力を促しただけです」 得意顔の大野に、荻上はうんざりとしているのを隠さない。 それは笹原も一緒だ。正直思った。やばい、これは犯罪かもしれない。 「さあ、ハルコさん。一緒に売り子やりましょう!」 無論、大野はそんなことは露ほども気に留めていないのだ。 「え……? ほ…、ほんとにやるの……」 ハルコはソソクサと手探りでパイプ椅子を手繰り寄せて、その上でダンゴ虫みたいに丸まってしまった。 「もういいじゃん、一応着たんだから……、ね?。だからほら、眼鏡と服、返してよぅ…」 ああ、そういうことか。力業……ね。 察するに、まずハルコさんの衣服を剥ぎ取り、没収したのち、それをネタにコスプレを強要したということか。 ……エゲツない! 「ダメです」 マジで今日の大野はエゲツなかった。完全にコスプレの暗黒面に堕ちていた。 「あんまり聞き分けがないと、コスプレ会場に置き去りにしますよ?」 ひでー。 「無理矢理やらせるのは邪道じゃなかったのかよぅ…」 ハルコの至極真っ当な抗議の声が空しく響く。 「悲しいですが、これも完売のためには仕方のない犠牲なのです」 大野は一瞬、悲壮感を漂わせたが、すぐに笑顔に転じてハルコの背中をポンと叩く。 「さ、やりましょー! 売りましょー!」 ハルコは首を持ち上げてギロリと睨んだ。 「くそー、大野ぉぉぉ…。この恨み忘れんぞ…」 「ハルコさん…、そっちは荻上さんです…」 どうやら眼鏡がないと人の判別も出来ないらしい。 「うるせー笹原、お前も同罪だ! 会長なら助けなさいよ」 それは大野に向かって言った。 真琴が楽しそうに笑っている。 笹原は少し考えて、 「すいません…。完売のためには仕方のない犠牲なんです…」 と笑って誤魔化した。 本当ところは、見とれていた。 白いクレパスのように淡く光る脚を抱えて、大き過ぎる黒地に赤い鼻緒の駒下駄を揺らしている。 やや赤い膝小僧の隙間から、胸に巻かれた真っ白なサラシが小さく覗いていた。 背中を丸めて、恥かしそうに膝に顎を乗せるハルコの瞳は、眼鏡が無いことに怯えるように不安げに潤んでいる。 それは、思わず頭でも撫でてしまいそうな、そんな気持ちに笹原をさせていた。 「大丈夫ですよ、ハルコ先輩」 真琴の声に、ハルコは顔を上げる。 「とってもかわいいですよ。ね、笹原くん」 「うん…」 口から出た言葉に、笹原自身が驚いてしまった。 それは水を向けた真琴でさえ、珍しく驚きが顔に表れていたくらいだ。 荻上も、その一瞬、時間が止まったように笹原を見つめていた。 その消え去りそうな一瞬に、笹原は慌てて言葉を詰め込んだ。 「まあ……、けっこーハマってんじゃないすかね…、意外と……」 「ですよねー!」 大野の何もかもを吹き飛ばすような歓声が上がる。 「さー、立って立って! 売り子交代しますよー!」 腕を引っ張られて、ハルコはしぶしぶ立ち上がった。漸く観念したようである。 「わーったよー…。やりますよー」 入れ違いで売り場に入るときに見えたハルコのサラシ姿。ニヤケそうな口元をぐっと押し殺す。 ハルコの何も気が付いていない様子に、笹原はそっと胸を撫で下ろした。 隣で真琴が笑っている。荻上は無表情に天井を見ていた。 ハルコはもうやけっぱちのような表情で積まれた同人誌の前に棒立ちに立った。 もうどうにでもなれの心境である。 「ありがとございまーす」 目の前に人間らしき影が立つ度に、機械的に同人誌を渡していく。 相手の表情が見えないのがせめてもの救いだ。じろじろ見てられるのも、苦笑いなのも、見えなきゃ分からない。 「ありがとございまーす」 もうお客を人間とも思わずにただただ同人誌手渡しマシーンと化すことに努めるのみである。 相手は人形…、人間じゃなく、かぼちゃ同然、だたの人形。狙って売って一発で終わり……、ってか…。 「ありがとございまーす」 ありがとございまーす、と喋る自動販売機でももっと愛想が良いだろうという平板な音声で繰り返す。 いま自分がしている格好を出来るだけ考えないようにしていた。 「なんかマジで売れはじめてない?」 「うん。ハルコ先輩たちになってから急に売れはじめたねー」 聞こえない、聞こえない。 ちょっとそんな気がしないでもないけど…、そんでちょっと嬉しい気もするけど…、 考えない、考えない。無視、無視。 ハルコは朱が差した顔を隠すように仏頂面を作り、同人誌を取る、渡す、お礼を言うの動作に徹しようとする。 「ありがとございまーす」 どうせコミフェスに居るのはオタクのみ。三次元には興味が無いのだ。 落ち着け~、まだ慌てるような時間じゃない~~。 変な汗かくな、私。 「ありがとございまーす」 ふぅ…。 でも、ここに春日部君が居ないのは不幸中の幸いかも。 「ありがとございまーす」 また目の前に立った影に同人誌を差し出す。 しかし、その影は同人誌を受け取ろうとしない。それにお金を払おうともしなかった。 なんだ? 「うわ…、またそんなコスプレなんだ…」 「へっ?」 それは紛れも無く聞き覚えるのある声だった。 変な汗かくな~~~、私。 「嫌がってわりには、何だよ、ノリノリだったんじゃんか」 うーん…。まあ、大体分かってんだけどね…。 ハルコは声に出して確認してみた。 「春日部君…じゃないよ」 「あー、そっか…。眼鏡してないもんなー。へー、そんな見えないんだー」 ハルコはその時思った。 大野コロス、と。 つづく
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曲名 レベル 星間飛行 3
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26人いる!その10 【投稿日 2007/01/14】 ・・・いる!シリーズ みんなが驚くのも無理は無かった。 豪田は可愛くなっていた。 普段の5割増しぐらいで可愛くなっていた。 気のせいか体も若干細くなっていた。 台場「どっ、どうしたの蛇衣子?」 豪田「まあ、一応ネットアイドルって役どころだから、ちょっとメイクに力入れたのよ」 沢田「どういうメイクしたら、そこまで変わるのよ…(冷や汗)」 神田「蛇衣子かーわいー」 豪田「それより千里、この暑いのにコンクリートの上で裸足はやり過ぎじゃない?」 国松「ヨク見ルネ(片足を挙げる)」 豪田「地下足袋?」 国松「田中サンガ作ッテクレタ、地下足袋べーすノ裸足風靴ネ」 豪田「さすがだ、田中さん…」 巴「て言うか千里、片仮名で喋ってるし…」 神田「役作りですね。マリアは役作りは何かしてないの?」 巴「一応用意したわよ。パンチラするキャラだから、見せパン穿いて来た。ほらっ」 スカートをまくってみせる巴。 女子一同「わざわざ見せんでいい!」 次の瞬間、惨劇が起きた。 巴の前方に居た男性のカメコやレイヤーや一般客たちが、一斉に鼻血を吹いたのだ。 そしてその中には、ちょうどコスプレ広場にやって来た斑目と、1年男子たちも居た。 巴「変ねえ見せパンぐらいで?(自分のパンツを見て)あっ…(慌ててスカートを戻す)」 豪田「どうしたの?」 巴「(赤面して)朝寝過ごして慌ててたから、間違えて勝負パンツ穿いて来ちゃった」 女子一同「間違えるな!」 浅田・岸野「(上を向きつつ)撮ったぞ!」 カメラを構えて叫ぶ2人。 他男子一同「(上を向きつつサムアップのポーズ)GJ!」 巴「(スカートを押さえつつ赤面し)いやーん!まいっちんぐ!」 沢田「いやそれ、役作り間違ってるし」 神田「あっ大変、先生倒れてる」 斑目は絶望先生コスのまま気絶していた。 駆け寄る一同。 国松「(斑目の体を探り)大変ダ、瞳孔開イテルヨ。ソレニ心臓止マッテイルヨ」 豪田「片仮名で喋ってる場合か!」 アンジェラ「よしこうなったら、私が人工呼吸で」 沢田「この場合人口呼吸は関係無いと思います」 神田「それに下手したら、完全に心停止しちゃうし」 巴「そんじゃあ私が心臓マッサージで」 台場「斑目さんのか細い体にあんたがやったら、あばら折れちゃうわよ」 大野「えーとえーと」 田中「しょうがねえなあ。とりあえず俺やってみるわ、心臓マッサージ。(1年男子たちに) 君たちは救護班呼んで来て」 1年男子「分かりました!」 走りかける1年男子たち。 そこへスーがトコトコとやって来た。 そして斑目に近付く。 しばし呆然と見つめてしまう一同。 スー「(斑目の心臓に左フックを放ちつつ)てりおすっ!」 固まる一同。 豪田「ちょっ、ちょっと!何てことするのよ!?」 巴「そうよ、いくら何でも無茶よそれは!」 だが次の瞬間、斑目の心臓は動き出し、むっくりと起きた。 神田「やったあ、先生生き返ったー!」 沢田「スーちゃん凄い!」 国松「先生大丈夫カ?」 斑目は本人の生命だけでなく、キャラ作り魂も復活した。 斑目「死んだらどうする!」 神田「(涙ぐみ)やっぱり先生はすばらしい教師です。常に命がけでキャラ作りに臨んでらっしゃる」 斑目「いや…あのそーゆーんじゃないから。本当に死にかけてただけですから。(巴に)それより何ですか、女の子が簡単にパンツ見せたりして、はしたない」 巴「申し訳ありません、まさか勝負パンツ穿いて来たとは思わなかったんで、つい…」 この時巴は、カエレというより大和撫子の別人格の楓に近い精神状態になっていた。 沢田「あの先生、今時パンツぐらいでそんなに目くじら立てなくてもいいと思います」 豪田「そうですよ、今時の女の子なんて超ミニでパンツ見せまくりですよ」 斑目「いいですか皆さん、男性はパンツさえ見れれば何でもいいという訳ではないのです。パンモロではなくパンチラでなければ萌えないのです」 神田「わーシゲさん先生ぽくなってきた」 国松「デモ綺麗事言ッテテモ、結局ノトコぱんつ見タインダロ?」 斑目「そりゃまあ見れないよりは…何を言わせるんですか!絶望した!パンチラの美学を理解出来ない、近頃の女子高生に絶望した!」 神田「さすがは先生、もうすっかり絶望先生ですね。それじゃあ先生も無事復活し絶好調みたいですので、サプライズをお呼びしますか」 一同「サプライズ?」 携帯を取り出して話し始める神田。 神田「もしもし、用意はいいですか?…分かりました、じゃあお願いします」 豪田「何なのサプライズって?」 神田「(ニッコリ笑って)すぐ分かりますよ」 斑目「何やら嫌な予感が…」 十数分後、サプライズの正体が分かった。 加藤「ごめんなさい、遅くなって」 声に振り返った一同は凍り付く。 やって来たのは「やぶへび」の面々だった。 神田「改めてご紹介します!特別参加の『やぶへび』の皆さんです!」 加藤さんはシーツに包まって、顔だけ(と言っても相変わらず前髪で隠れているが)出している。 藪崎さんは明治時代の女学生のような、下は袴の着物姿だった。 そしてニャー子はセーラー服だったが、背中に「もじもじもじ」と書かれたプラカードのような板を背負っていた。 豪田「加藤さんもしや…霧なの?」 巴「まあ髪型と美形なのは合ってるけど、ちと背高過ぎない?」 台場「藪崎さん…まさかまとい?」 素早く接近する藪崎さん、台場にヘッドロックをかます。 藪崎「そのまさかって何やねん?まといにしてはデブ過ぎる言いたいんか?」 台場「言ってません言ってません!ギブギブ!」 さっと台場から離れ、斑目に接近する藪崎さん。 斑目「(赤面し)なっ何を?」 藪崎「(赤面し)やっ役作りですわ」 神田「藪崎先輩、本当は万世橋わたる君の予定だったんですけど、絶望先生が斑目さんだと知ったら、強引にまといやりたいって言い出したんですよ」 藪崎「こっこら、それを言うな!」 神田「だから急遽親戚のお姉さんに頼んで、大学の卒業式の時に使った着物借りて来たんですよ。まあ乙女心から出た我がままですから、仕方ないですけどね」 斑目「あの、それはどういう…」 藪崎「(最大赤面で)言うなっちゅーに!」 沢田「ニャー子さんのは芽留ですね」 沢田の携帯が鳴る。 沢田「(携帯を出し)あっメールだ…ニャー子さん?…何々、『その通りだニャー』?うーん、役作り出来てるんだか出来てないんだか…」 神田「ねっどうです先生?ピッタリでしょ、『やぶへび』の皆さん?」 誇らしげに胸を張る神田。 神田「加藤さんの霧は、本当は毛布がいいんですけど、さすがにこの暑さじゃまた犠牲者出ちゃうからシーツにしました」 斑目の前に、ペタリと体育座りで座る加藤さん。 斑目は加藤さんと面識はあったが、あまり話したことは無かった(当然素顔は見たことが無い)ので、思わずドキリとして赤面する。 神田「ほら先生、役作り役作り」 斑目「そっ、そうですね。(しゃがんで加藤さんの前髪に手を掛ける)失礼」 加藤さんの前髪を左右に開ける斑目。 まだ赤面していて手が震えている。 こんな感じで女性の髪に触れた経験は、斑目には無かった。 初めて見る加藤さんの美人の素顔に、思わず見とれてしまう。 他の会員たちやカメコたちも思わず「おお!」とどよめく。 だがそこは斑目、オタクの中のオタクだ。 こんな場合でもキャラ作りは忘れない。 斑目「美人だ。しかも白い」 台場「わーシゲさん、マジで言ってる」 赤面しつつ、目を妖しく光らせる加藤さん。 斑目「(思わず素に戻り)えっ?」 加藤「(赤面し)あの…斑目先輩」 斑目「はい?」 加藤「(赤面)私、男の人に前髪開けられるの、初めてなんです」 斑目「そっ、それはどういう…」 加藤「(最大出力で赤面)…責任…取って下さいね」 神田「残念ながらこのクラスの女子は全員先生のお手付きなんで、それは無理でーす」 マジでうろたえる斑目。 斑目「人聞きの悪いこと言わないで下さい!」 加藤さんの気配が変わった。 顔に影が差し、頭上に「ゴゴゴゴ」という擬音の文字が見えそうな感じだ。 そしてシーツをパッと脱ぎ捨てる。 加藤さんはセーラー服を着ていた 一同「着てたんだ、セーラー服」 神田「一応用意しといたのよ」 加藤さんの髪型は、先程までと一変していた。 頭頂部の正中線で、きっちりと左右に分け目が出来ていた。 そう、彼女はキャラを途中で木津千里に変化させたのだ。 しかも顔は鬼の形相で、いつの間にか手には金属バットを持っていた。 通常モードではなく、殺人鬼モードの千里だ。 斑目「(怯え)ひっ!」 加藤「裏切ったな。私の純情を弄んだな」 田中が止めに入る。 田中「加藤さん!コミフェスで長物は禁止だ!」 斑目「そっちかい!」 加藤さんはバットを捨てた。 加藤「田中さん、素手なら問題無いですよね?」 田中「まあ腕切り落とす訳にも行かないからね、オケー!」 斑目「田中!許可するなよ!」 田中「お前もいい加減、責任取って身を固めろや」 斑目「責任取んなきゃいかんようなこと、しとらんっつーに!」 田中「まあつねられるぐらいで済めばいいじゃないか」 その時加藤さんが、500円玉を取り出して前に突き出した。 一同「?」 次の瞬間、加藤さんは親指・人差し指・中指の3本で500円玉を折り曲げた。 斑目「ひっ!?」 田中「(青ざめて)…まあ、つねられるぐらいで済めば…」 斑目「良かないっつーの!」 加藤「つねってやる~~~~!」 斑目「いやあああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」 全力疾走で逃げる斑目。 その斑目の後を加藤さんが追う。 それを止めようと藪崎さんも追う。 藪崎「ちょっ、ちょっと加藤さん、私の斑目さんに何しますねん?」 さらにはアンジェラや1年女子たち、それにスーもその後を追う。 それを止めようとする1年男子たちや、面白そうと判断したかニャー子までも追いかけっこに参加し、混乱は加速する。 だが周囲はアトラクションと思い、誰も止めない。 斑目「いやあああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」 田中と大野さんは追いかけっこを呆然と見つめていた。 そこへ様子を見に、荻上会長と笹原、それに途中で合流したクッチーがやって来た。 事情を聞いてあ然とする笹荻。 笹原「斑目さん、けっこうもてるんだ…」 荻上「そうですね」 大野「でも、やっぱり総受けですね」 荻上「総受けですね」 見ている内にお祭野朗のクッチーの血が騒いだ。 朽木「何か面白そうですな。自分も参加するであります!」 こうしてクッチーまで追いかけっこに加わった。 笹原「何か『うる星やつら』のアニメ版のオチみたいだな…」 荻上「そろそろ止めましょうか?」 大野「まあまあ、もう少し見ていましょうよ」 荻上「大野さん、この状況面白がってません?」 大野「斑目さんがたくさんの女の子に追い回されるなんて、早々あることじゃないですし」 田中「まあ案外、いい思い出になるかもな」 笹荻『鬼だ、この2人…』 コスプレ広場では、相変わらず追いかけっこが続いていた。 臆病者ゆえの逃げ足の速さのせいか、なかなか斑目は捕まらない。 だがそんな斑目が突然停止し、追手一同もそれに合わせ、まるで椅子取りゲームの音楽が止まった瞬間のように停止する。 斑目の数メートル前に、鬼の形相の春日部さんが立っていたのだ。 斑目「あの…春日部さん?」 春日部「斑目、お前この娘たちに何したんだ?」 斑目「しとらんしとらん、何もしとらんって!」 春日部「遠くからでも聞こえてたぞ。乙女心を弄んだとか、裏切ったとか」 どうやら加藤さんが追いかけながら叫んでいたことが、かなり遠くまで響いていたらしい。 斑目「してねえっつーの!」 春日部「言い訳無用!」 久々に春日部さんの、全体重を乗せた右ストレートが炸裂した。 斑目はギャラクティカ・マグナムを喰らったように、数メートル吹き飛んで気絶した。 でも何故か、斑目の寝顔(と言うのか?)は安らかだった。 数分後、斑目は意識を取り戻した。 笹原がまた気付け薬を使ったのだ。 現視研一同と「やぶへび」の面々は、心配そうな顔付きで斑目を見つめていた。 そしてその中に春日部さんも居た。 斑目「春日部…さん?」 春日部「ごめんよ斑目(頭下げつつ両手を合わせ)ほんとスマン、事情も訊かずに殴っちゃってさ。大丈夫か?」 斑目「(少し顔をそらしつつ殴られた頬を押さえ)大丈夫じゃねえよ。相変わらず暴力女なんだから、ったく」 今回ばかりは春日部さん、平身低頭の姿勢を崩さない。 春日部「ほんとごめんね」 そう言いながらハンカチを出して、斑目の口の端に滲んでいた血をぬぐう。 最大出力で赤面する斑目。 春日部「ん?どした?」 斑目「いやー殴られたことはたくさんあったけど、介抱されたことは無かったなと思ってね。そう考えたら案外今回のは役得だなと思ってさ」 春日部「(苦笑し)相変わらず馬鹿なこと言ってるね、ったく」 斑目「そう言えば春日部さん、今日はどうしたの?初日には高坂に差し入れに来てたって聞いたけど」 春日部「今日はデートよ」 親指で後方を指す春日部さん。 その指の先には、かなり離れて高坂が立っていた。 例のごとく、微笑みを浮かべつつ会釈する。 斑目もそれに応え、「ようっ」という感じで片手を上げた。 斑目「夏コミでデートか、春日部さんも丸くなったもんだな」 そういう斑目の口調は、どこか寂しげだった。 春日部「慣れただけよ。『しょうがないなあ』って目で見てるのは相変わらずよ」 斑目「まるでバカボンのママだな」 春日部「(苦笑)それ何となく分かる」 斑目と春日部さん以外の一行は、何時の間にか2人から少し距離を置いていた。 古くからの現視研の面々と1年男子たち、そして「やぶへび」の面々と1年女子たちの2組に別れて、2人を見守っていた。 神田「どうも斑目先輩と春日部先輩の関係って、私たちが思ってた以上に複雑な感情があるみたいね」 台場「確かに春日部先輩、何か斑目先輩の前では飾らないし、本音ぶつけてるわね」 豪田「それって、ドラマなんかだと本命のカップルのパターンだよね」 沢田「まあ高坂先輩と春日部先輩の関係が表面上、上辺の魅力だけで付き合ってるみたいに見えるからだろうけど、何だか高坂先輩の方が当て馬っぽく思えてきたなあ」 巴「でも春日部先輩、恋愛に関しては徹底的に真摯な人よ。ふたまたとか浮気とかって出来ないと思うわ」 豪田「確かに意識の上ではね。でも、もしかして春日部先輩、無意識の領域では斑目先輩のこと…」 女子一同「うーむ…」 加藤「まあそれは何とも言えないわよ。我々は春日部さんの問題とは別に、独立部隊で斑目さん追うしかないわ」 藪崎「せや、私の愛で斑目さんを立ち直らせたる」 ニャー子「臆面も無く、堂々と言えるようになりましたニャー」 スー「ナリフリ構ッテランナイノヨ」 アンジェラ「そういう攻撃なら私の出番あるね」 神田「あの皆さん、お気持ちは有難いんですけど、あくまでもソフトに、スローに、じっくりじわじわを忘れないで下さいね」 巴「そうそう、試合はまだ1回裏よ。ここはじっくり攻めるべきね」 1年女子たちの相談を傍らで聞いていた荻上会長は、正直感心していた。 実は荻上会長、「斑目先輩を男にする会」が発足したことをアンジェラから聞いていた。 (もちろんその後、口の軽いアンジェラに堅く口止めしたことは言うまでもない) 最初にそれを聞いた時は不安だった。 あのデリケートな斑目に、誰かが春日部さんについて何か言ったらどうなるか分からないからだ。 だが彼女たちは想像以上に斑目のことを理解していた。 だから荻上会長は、彼女たちに斑目のことを任せてみようと思った。 荻上「そういうことでいいですね?」 笹原「うん」 大野「賛成です~」 田中「まあ斑目、これだけモテモテなら、いつか幸せになれるさ」 朽木「あの、これはどういう…」 事情を知らず戸惑う1年男子たちとクッチーに対し、荻上会長が笑顔で煙に巻く。 荻上「斑目さんがモテモテってことですよ」 コスプレ終了間際、現視研1年女子一同(スー・アンジェラ含む)が大野さんを取り囲む。 大野「あの…これはいったい?」 巴「(ニッコリ笑い)4年間お疲れ様でした!」 他女子一同「お疲れ様でした!」 言い終わるや全員で大野さんを担ぎ上げる。 大野「ちょっ、ちょっと何を?」 巴「みんな行くよ!せーの! 1年女子一同「わっしょい!わっしょい!」 景気良く胴上げを始める。 大野「ひゃ~~~!!!!!!!!!!」 大野さんが悲鳴を上げるのも無理は無かった。 巴やアンジェラ等、極端な怪力人間が散在することで全体の力が均等じゃないこと。 大野さんの体の重心が極端に胸部に集中していること。 それにみんな胴上げに慣れてないことなどが災いして、85年に阪神が優勝した時の吉田監督のように、大野さんは何度も裏返ったり元に戻ったりを繰り返した。 降りてきた時には、大野さんはすっかり目を回していた。 巴「よーし、次は会長行くよ!」 1年女子一同「おー!」 荻上会長に殺到する1年女子一同。 荻上「ちょっと、何で私まで?」 巴「優勝の胴上げと言えば、やっぱり監督もやらないと」 荻上「いや別に優勝してないし…」 豪田「まあまあ細かいことは抜きにしましょうよ」 胴上げされる荻上会長。 荻上「ひえええええ!!!!!!!!!!!」 荻上会長の場合は大野さんよりもきつかった。 大野さんまで胴上げに加わって、さらに全体のパワーバランスが崩れたこと。 荻上会長が小柄軽量なこと。 これらの要因により、裏返るどころか上がるたびに2~3回転し、しかも恐ろしく滞空時間の長い、スカイハイトルネード胴上げ状態と相成った。 荻上会長が目を回して降りて来るや、巴の号令が飛ぶ。 巴「よし、次は復活記念で斑目先輩だ!」 斑目「ひええ!!!」 痩身軽量の斑目もまた、スカイハイトルネード状態と相成った。 この頃から「やぶへび」の面々や1年男子、それに現視研一のお祭野朗クッチーまでもが胴上げに加わる。 その後も何のかんの理由を付けて、結局現視研会員全員が胴上げされる破目になった。 アンジェラやスーはもちろん、OBや「やぶへび」の面々までもが宙を舞った。 さらには終わりがけにようやくやって来た事情を知らない恵子、果てはたまたま通り掛かった久我山や連れの医師たちまでもが宙を舞う破目になった。 その頃には何か熱病でも蔓延したかのように、周囲のレイヤーやカメコやお客さんまでもが胴上げをやり始め、コスプレ広場全体が祭状態と化した。 夏コミ終了後、打ち上げコンパの会場はメントールの匂いに満ち溢れていた。 最初から胴上げに参加していた者たちの何人かは、結局のべ40人近い胴上げを繰り返した為に腕や肩を痛めた。 そこで浅田と岸野が自前の救急キットに入っていた、湿布薬やインドメタシン系の塗り薬を提供したのだ。 巴「もう誰よ、胴上げなんてやろうって言い出したの?」 豪田「あんたじゃないの、もう!」 沢田「痛たたたたたた…」 荻上「もうみんな、いくら何でもやり過ぎよ!」 そう言いつつも、自分の肩や腕をもむ荻上会長だった。 元気でテンションが高いのは、不死身のお祭野朗クッチーと、最高の素材を前に興奮している国松だけだ。 国松「ねえねえスーちゃん、学祭の時コスやらない?スーちゃん可愛いから、お姉さんいろいろ着せ替えしたいの~」 大野「うわー国松さん、すっかりやる気ね」 田中「これで俺も肩の荷が下りるな」 スー「押忍、それでしたら是非やってみたいのがあります」 国松「何々?私何でも作っちゃうから」 スー「ケロロ軍曹であります」 一同「ケロロ?」 国松「…でっ、何のコスがいいの?」 スー「自分、クルルがやりたいであります。クークックックッ」 国松「クルルかあ…」 何やら考え込み、現視研の一同を見渡す国松。 国松「ミッチーは身長いくつ?」 神田「160だったと思うけど」 国松「うーん…アウト!彩、身長いくつ?」 沢田「156…ぐらいかな」 国松「…ギリギリ合格!」 荻上「あの国松さん、何を…」 国松「ケロロ小隊って5人いましたよね、1人足りないんです」 荻上「5人揃える積もりなの?」 国松「スーちゃんの身長に合わせようと思ったら、やっぱり彩ぐらいが限度ですから。あとみんなミッチーより高いから、バランス合わないし…」 大野「もしかして国松さんもやる積りなんですか、ケロロコス?」 国松「当然です。スーちゃんと身長釣り合う人が足りませんから。晴海!学祭は着ぐるみ5着だから、予算よろしく!」 ゴトリッ! テーブル上に大きな音を立てて、台場が算盤を置いた。 それは普段彼女が使っている、一般によく見かける細身の算盤では無かった。 一の桁の球が四つではなく五つ有り、おまけに本体の底は素通しでは無く一枚板になっていて、本体前後左右の板と共に箱状の本体を形成していた。 戦前に使われていたタイプのものだ。 とりあえず凶器として使われたら、普段の細身の算盤より痛そうだ。 台場「あんた現視研潰す気か!5着も着ぐるみ作ったら、学祭の予算が無いわ!」 国松「それならいい方法があるわよ。着ぐるみ5着作って、なおかつ上手くいけば儲けが出る方法が」 台場「どんな方法よ?」 国松「(胸を張り)映画を作るのよ」 一同「映画!?」 国松「タイトルは『妖怪人間ベム・錬金術師アルフォンス・ケロロ小隊・7大怪人地上最低の決戦!』」 今度はあ然とする一同。 豪田「夏コミで使った着ぐるみ流用する気なんだ…」 日垣「うーん、俺はいいけど朽木先輩のスケジュールが大変だな。ベムとアルいっぺんに出そうと思ったら俺だけじゃ無理だし…」 台場が算盤を振り上げかける。 台場「あんたうちに特撮やれるスキルや予算があると思うの?」 沢田「それにその内容だと、どうやって話まとめる気?」 伊藤「こりゃ脚本難しそうだニャー」 国松「大丈夫よ。それらの問題は全部クリア出来るわ」 浅田「ほんとに?」 国松「撮影期間は1日。予備日を入れても2~3日あれば十分よ。余分なセットや仕掛けは要らない。普通の撮影機材だけ調達すればオッケー」 岸野「どこで撮影する気なの?」 国松「大学の近所の裏山に行けば、適当な空き地や原っぱはあるわよ」 何となく嫌な予感がする一同。 伊藤「でもその条件で脚本書くのは、かなり難しいニャー」 国松「ストーリーは簡単よ。ベムとアルが歩いて来て激突。ベムが怒って喧嘩になり、それをケロロ小隊が止めに入り、ベムとアルがケロロたちやっつけてお終い」 台場が勢い良く算盤をテーブルに振り下ろし轟音を立てた。 台場「『ウルトラファイト』かい!!!」 (注釈)ウルトラファイト 70年に放送された、平日の夕方5分間の帯番組。 当初は「ウルトラマン」「ウルトラセブン」の格闘シーンを編集し、プロレス風の実況ナレーションを加えた特撮格闘名場面集的な内容だった。 (ナレーターの山田次郎氏の本業はスポーツ中継のアナウンサー) 当然すぐにネタが無くなり、急遽アトラクション用の着ぐるみによる新撮が撮り足されて放送され続けた。 だがその内容たるや、野原や海岸等での寸劇風味の着ぐるみアトラクションショーの実況中継に一気にスケールダウンする。 それでも意外と人気番組で、第2期ウルトラシリーズの牽引役の1つになった。 (71年に「帰ってきたウルトラマン」が始まった後も放送は続いた) だが台場の激怒と裏腹に、他の1年生たちは国松の案に喰い付いた。 豪田「いいねえ、それ」 巴「なるほど、その手があったか」 沢田「それなら話作るの簡単ね」 伊藤「ほんとほんと、脚本書くのに1時間も掛かりませんニャー」 日垣「なるほど、それなら撮影期間1日で済むから、朽木先輩のスケジュールに合わせて撮影すればいいね」 有吉「僕、ナレーターやりたいな」 神田「有吉君なら弁が立つから、いいかもね」 浅田「ビデオ撮りにすれば、機材も簡単に調達出来るし、編集も簡単だね」 岸野「うち8ミリあるから、それも使って並行して撮ればいいよ。ビデオはフィルムの破損や紛失に対する保険と、撮影の確認用に使ってさ」 アンジェラ「なかなか本格的あるね。ハリウッドの映画は、撮影の時その方法取ってるあるよ」 お祭野朗クッチーもこの話に乗った。 朽木「そういう話なら喜んで参加するにょー」 こうして何時の間にか話の流れは、学祭で映画をやる方向でどんどん進んで行った。 1年生たちの自主性を尊重する荻上会長は敢えて止めない。 だがそれを台場が止めた。 台場「ちょっとみんな!そんな簡単に決めていいの?」 巴「いいんじゃない?予算足りない分はみんなで出し合えば何とかなるわよ」 浅田「いざとなりゃまたバイトするし」 (彼は夏コミの軍資金稼ぎにバイトをしていた) 神田「それより晴海、あなたは映画やりたくないの?予算の問題抜きで考えてみて」 台場「そりゃ面白そうだとは思うけど…って何言わせるのよ!」 神田「なーんだ、じゃあお金の問題クリア出来るなら晴海も賛成ね」 言葉に詰まった台場だったが、やがて意を決して口を開く。 台場「分かった、やるわ」 国松「うっしゃー!」 台場「その代わりみんな、多分カンパお願いすることになると思うから、よろしくね」 1年一同「はーい!」 そんな様子を暖かく見守っていた荻上会長、ふとあることに気付いた。 荻上「あの国松さん、もしかしてケロロ小隊役の1人ってまさか…」 国松「安心して下さい。会長にはちゃんと軍曹さんお願いしますから」 荻上「(滝汗で赤面)ちょっ、ちょっと待って!」 国松「あ、アフロ軍曹バージョンの方がいいですか?」 荻上「いや、そうじゃなくて…」 国松「それともタママの方がいいですか?会長可愛いし。いや待てよ、会長ランファン似だから、忍者つながりでドロロの方がいいかも…」 荻上「だからそうじゃなくて、私がやるのは既定事項なんかい!」 沢田「私がやることも既定事項みたいですけど…」 国松「(目を見開いて涙を流し)会長嫌なんですか?」 朽木「あっ、荻チンが国チン泣かした~!」 スー「女ノ子泣カセタノヨ!責任取リナサイヨ!」 荻上「もう分かりました!やるわよ!やらせて頂きます!ケロロでも何でも!」 国松「ほんとですか?やったあ!」 飛び付くように荻上会長に抱き付く国松。 だがその時アクシデントが起きた。 国松はアンジェラの真似して、荻上会長の頬にお礼のキスをしようとした。 ところがそこで荻上会長は、飛び付く国松に反応して彼女の方を向いてしまった。 結果国松と荻上会長の唇が重なることとなった。 最大出力で赤面して離れる2人。 国松「会長に…ファーストキス差し上げちゃった…」 一同「何ですと!?」 荻上「あっ、あの国松さん…」 何が何やらで言葉の出ない荻上会長。 国松「責任…取って下さいね」 荻上「むっ、無理です!」 国松「なーんてね。言いませんよ、そんなこと。会長にならあげてもいいし、ファーストキス」 ホッとする荻上会長。 だが次の瞬間、2人は背後に殺気を感じた。 荻上・国松「ひっ!?」 豪田「私ですら荻様ハグまでなのに、千里ったら唇まで…」 巴「荻様、千里だけってのはズルいですよ…」 沢田「そうですよ、私も荻様とキスしたーい」 荻上「ちょっ、ちょっとみんな落ち着いて。今のは事故だから、あくまでも…」 じわじわと近付く1年女子たち。 台場「じゃあ事故ならオッケーですよね」 神田「ついでに千里にもしちゃいましょう。間接キスってことで」 国松「えっ、そんな…(両手で自分の口を塞ぐ)」 豪田「大丈夫よ、みんなでキスしちゃえば一緒だから」 紅潮し、息が荒くなってきた1年女子一同。 1年女子一同「荻様~~~~~!!!!!!!!」 荻上・国松「ひ~~~~~~!!!!!!!!」 居酒屋の店内を所狭しと逃げ惑う荻上会長と国松。 それを追い回す1年女子一同。 さらにそれを必死で止めようとする他一同。 結局今年の夏コミの現視研は、「うる星やつら」的なドタバタの追いかけっこに終始する破目になった。 ようやくみんなが落ち着いた帰り道、国松は完全に学祭対策モードになった。 国松「さあ明日からが忙しいぞ。着ぐるみ5着ともなると、明日からでも始めないと学祭に間に合わないわ。大野さん!」 大野「はっ、はい!」 国松「スーちゃんって、明日帰るんですよね?申し訳ないですけど、大野さんとこ寄っていいですか?スーちゃんの採寸だけ先に済ましときたいんです」 大野「それは構いませんけど…スー、いい?」 スー「押忍、よろしくお願いします!」 国松「あとは…そうだ!ニャー子さんも確か身長155ぐらいだったな。ギリギリいけるかも知れない。さっそく交渉してみよう。それからそれから…」 大野「ハハハ、国松さん完全にスイッチ入っちゃいましたね」 荻上「て言うか制御装置壊れちゃいましたね。学祭は着ぐるみか、トホホ…」 夏コミは何とか無事終了(そうか?)したが、秋には新連載開始、スー&アンジェラ来襲、そして着ぐるみに学祭、荻上会長の多忙と苦闘はまだまだ続くようだ。 夏コミについてのレポートを笹原からもらった、漫画家のA先生はご満悦だった。 漫A「いやいやいや笹原君、君のレポートなあ、ごっつい役立ったでえ。ほんまおおきに」 笹原「いやあそんな、あんなんでお役に立てましたか」 漫A「十分や。おかげでわしにも君ら若いオタク君や腐女子のお嬢ちゃんたちの、『萌え』っちゅう感情がよう分かったわ」 笹原「そうですか…ハハッ」 漫A「ところで実は笹原君、今度の作品もちろんヒットさす積もりやけど、もしヒットせんかったらわし、この作品最後に引退しようか思てんねん」 笹原「えっ?」 漫A「まあ貯えはそれなりにあるし、昔の伝手はいろいろあるから、引退しても生活には困らんと思う」 笹原「そんなことおっしゃらないで下さい」 漫A「もちろんこれは売れんかった時の話や。売れたら死ぬまで描いたるわい。ただな、わし漫画以外にやりたいことが出来てもてな、もし引退したらそれやろ思てんねん」 笹原「何をなさりたいのですか?」 漫A「大学受けよ思てんねん」 笹原「大学?」 漫A「君のレポートを読んどったらオタ魂ちゅうのに目覚めた上に、大学のオタクサークルっちゅうもんに入りたなったんや」 猛烈に嫌な予感を感じる笹原。 漫A「まあ受験勉強の進捗具合にもよるけど、わし椎応受けよ思てんねん」 凍り付く笹原。 漫A「そんで笹原君のおった現視研に入ろか思てんねん」 まだ凍り付いている笹原。 そこで玄関のチャイムが鳴った。 漫A「おう、ちょうど来はったな」 我に返る笹原。 笹原「来客のご予定があったんですか?」 漫A「わしの古くからの知り合いでな、今の話もその人に相談して決めたんや。その人な、わしのやりたいようにやり言うてくれたんや」 笹原『誰だよ、そんな無責任なアドバイスしたの?』 玄関に向かうA先生。 漫A「すまんけど笹原君、お茶入れてくれるか」 笹原「はっはい(台所に向かう)」 台所から客間にお茶を運んできた笹原、危うくお茶を落としそうになった。 来客の顔には見覚えがあった。 中途半端な長髪、小柄で痩せ型で猫背で撫で肩な体格、そして眼鏡をかけた犬のような顔。 客間に座っていたのは初代会長だった。 笹原「かっ会長!?」 初代「やあ、久しぶり。君が先生の担当だったんだね」 漫A「よして下さいよ伯父貴、先生やなんて照れ臭い」 笹原『伯父貴って…確かやくざ社会だと目上の人に使う呼び方だよな。どういう関係なんだよ、会長と先生?』 2人の話によれば、どうも2人は近所の居酒屋で偶然知り合った飲み友だちのような関係で、先生も会長についてよく知らないらしい。 ただ会長がなかなか博学の情報通で、A先生にいろいろとアドバイスしていたので、先生が尊敬して何時の間にか「伯父貴」と呼ぶようになったらしい。 漫A「そやけど伯父貴が笹原君の先輩とは、世間は狭いでホンマ。まあもしわしが椎応入れたら、笹原君もわしの先輩ってことになる訳やな。よろしく頼んまっせ、笹原先輩」 笹原『神様、どうか何とぞ、先生の作品をヒットさせて下さい!ほんとマジでお願いします!』 心の中でフルパワーでヒット祈願する笹原であった。 悪い人では無さそうだが、どう考えても現視研と肌が合うとは思えないA先生。 果たして現視研史上最悪の黒船は来襲するのか? スー&アンジェラの迎撃(歓迎)体制に入った荻上政権下現視研だったが、その後にはもっと厄介な黒船が迫っている(かも知れない)。 がんばれ荻上会長。 オタクたちの自由と平和の為に。 **END**
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その五 夢の中へ~朝の風景 【投稿日 2005/11/09】 カテゴリー-1月号? 笹原はこんな夢を見ていた。 小「いいか、笹原!編集者の仕事とは一人ではできん!漫画家の先生は言うまでも無く、印刷会社の方々のご協力あって我々の仕事は成り立つのだ。さあ、社長にご挨拶して!」 笹「はい!社長!笹原と申します!宜しくお願いします!」 社「いや、元気な好青年ですね!ところでさっそくお若い方の力をお借りしたいのだが。機材の搬入の人手が足りなくて・・・」 小「お安い御用です!さあ笹原!」 笹「はい!これですね。おっ重い!」 社「ははっ、それは腰を使って押すんだよ。」 笹「はい!腰ですね、腰を使って・・・」 斑目はこんな夢を見ていた。 斑「社長!事務所の年末の大掃除はここの床のワックスがけで終わりですね!」 社「ああ、悪いが斑目君、事務所の男手が足りないんでね。」 斑「いいえ!(この前無理に休み取らしてもらったしなー文句は言えねー)」 社「ああ、いかんよ斑目君、もっと腰を入れて力強く磨かなきゃ。」 斑「はい!分かりました!」 荻上はこんな夢を見ていた。 笹原と斑目は二人っきりで暗い浴室にいた。 笹「とうとう二人っきりになれましたね・・・。斑目さん。」 斑「笹原!俺はもうお前との関係は・・・。」 笹「そんなこと言わないでくださいよ。せっかく念願の温泉旅行にこうして一緒にこれたんですから。」 斑「笹原、俺は・・・。」 笹「ほら、斑目さんの体が嫌がってませんよ・・・。」 荻「はっ(夢だった!なんて美味しい・・・じゃねって!うわっヨダレまで流してだらしね!んなこっだから・・・)」 荻上は妄想を頭から振り払って、ぼんやりとした頭を覚ましに洗面所に向かった。 まだ皆寝てるんだな。私が最初かー。あれっ、となりが騒がしい。笹原さんと斑目さんもう起きてる! 荻上はふすまをあけた。すると・・・。 笹「腰だ腰イ~ 腰を使って~!」 斑「はい!分かりました!」 四つんばいになった斑目の背後で笹原が腰をパンパン振っていた。 荻「・・・・・(汗)」 荻「きゃーーーーー!!!」と絶叫が別荘に響き渡った。 咲「なっなんだなんだ!あっ!てめえら!」 バキ!ドカ!ゲス! 朝食の時間・・・。顔をはらした笹原と斑目。 斑「だーかーらー、違うって言ってるでしょ!」 笹「ええ、だから夢で寝ぼけてたって言ってるんです!」 咲「誤解だろうが何だろうが朝から気色悪いもん見せんなよ!」 大野も珍しく怒っている。 大「ホントですよ!サークルの合宿でこんな不埒なマネして!ねえ、荻上さん!」 荻「ええ・・・」顔を赤らめている。 大「?」 惠子「やーい、アホアニー」 笹「惠子!てめえ!」 ぷぷっ。荻上はその様子がツボにはまったのか笑いをこらえて体を震わせた。 笹「荻上さん・・・。もうカンベンしてよー。ああいうの荻上さんだっていつも描いてるじゃない」 と顔を赤らめて言ってから、笹原はしまった!と思った。ところが・・・。 荻「あはは!全然!全然違いますよ!あはははは」と堪えきれずに大笑いした。 笹「ははっ、ははは」とつられて苦笑した。 咲「・・・なんかあの二人雨降って地固まるって感じだよね。もう心配ないんじゃない」と斑目にささやいた。 斑「ああ、なんかそうみたい・・・」 咲「・・・ねえ、斑目」と意味深な表情で顔を斑目に近づけてささやいた。 斑「ん?」顔が赤らむ。 咲「コーサカには近づくなよな!」 斑「だから違うって・・・(涙)」 こんな朝でした・・・。
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その七 飲み会の様子 Aside 【投稿日 2005/11/18】 カテゴリー-1月号 荻「こらー!笹原完治―!」 バン!ふすまを勢いよく開ける。 笹「あ、おぎうえしゃん・・・どしたの・・・」 荻「あったしの同人誌、見ちゃダメって言ったのに見たでしょー!」 笹原の首に抱きつく。笹原は酔っ払ってろれつが回らない。 笹「ごめんなしゃい。れもわざとじゃないんれすよ、わざとじゃ」 荻「だめー、ゆるさないー」 笹原にさらに強く抱きつく。 笹「おぎうえしゃん・・・、そんなにむねをおしつけられたら・・・おっきしちゃうんれすけど・・」 荻「おっきして!おっきー!肩車!肩車!」 惠子「すっかり、幼児化しちゃってるよ・・・」 咲「荻上ー!しっかりして!正気を、正気を戻して!とんでもないことになった!あー、水!いや!消火器!ああなんかトラウマが・・・(アタフタオロオロ)」」 斑「落ち着くのは春日部さん!キミだって!落ち着いて!」 笹「ちがうところがおっきして立ち上がれましぇーん」 荻上は笹原の首にまたがって飛び上がってせがんでいる。 荻「えー、じゃあ、お馬さん!お馬さん!ささはらさんってえっちなんだー。あたしもささはらさんとまだらめさんのえっちなとこ想像してるもん!きゃははは」 笹「・・・れも俺がえっちなことかんがえるのはおぎうえしゃんらけれす・・・。」 荻上は笹原の正面にしゃがみこんで笹原を見つめる。 荻「ほんと?」 笹「うん、エロゲー以外で俺がえっちしたいと思ってるのはこの先生涯でおぎうえしゃんだけれす・・・。」 荻上は大きな目からハラハラと涙を流して 荻「うれしい!!!」 笹原に飛びつく。そのまま倒れこみ二人とも寝てしまう。 惠子「うわっ、だっせー。エロゲー以外って・・・こんなロマンの無い告白聞いたことねー。あーあ、二人とも涙と鼻水でくしゃくしゃじゃん!ふいてやっか!」 大「やさしいですね・・・」 惠子「こんでも兄貴だしなあ。この人も身内みたいなもんか・・・もう。」 斑「どうなることかと思ったけど・・・でどうする?春日部さん?」 咲「どうするって、目的達成じゃん!なんか問題あんの?」 斑「いや・・・少し背中を押すのが最初の目的だったけど・・・これは予想以上じゃん。二人が正気に戻っても大丈夫?覚えてたらまずいんじゃないの?特に荻上さんが!!ひょっとして、なにも・・・考えて・・・無い・・・とか?」 咲「・・・!(滝汗)けっ惠子!二人を離せ!大野!その辺片付けて痕跡を消せ!これは・・・『夢落ち』!!ということにしよう!しらばっくれろ!何聞かれても!」 惠子「うわっさらにだっせー」
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めぐりあい、アキバ 【投稿日 2005/12/05】 カテゴリー-笹荻 「あれ?」 「あ・・・。」 休日の昼、アキバのメイン通り。 ばったり、といった表現が似合いすぎる状況で出会った二人。 笹原と荻上。 「こんにちは。」 「こ・・・、こんにちは。」 少しぎこちなく挨拶を交わす。 「買い物?」 「ええ・・・、まあ、そんなところです。」 「お昼食べた?俺これから行くんだけど、一緒に行かない?」 笹原にしては勇気を出した発言であった。 「へ?・・・私もこれから食べようと思ってたんでかまいませんけど・・・。」 荻上としても断る理由がなかった。そう思っていた。 いや、断りたくなかったのかもしれない。 「じゃ、行こうか。どこか希望とかある?」 「いえ、特には・・・。」 「そう?」 アキバといえどもマックぐらいはある。 二人はそこで食事をすることにした。 「いつもマックで食べるんですか?」 「いやー。うどん屋とか定食屋とかね。色々あるけど。」 少し話がしたかった笹原は、落ち着ける場所を選んだのである。 笹原、今日はがんばってます。 「そうですか。」 「そういえば、買い物っていってたでしょ?何買いに来たの?」 「えっと・・・。パソコンのパーツなんですけど・・・。」 話によると、この前買ったPCの動きが多少悪くなったようなのである。 「フォトショ使ってるときに特に良くなくて・・・。 ネットとかで色々読んだんですけど・・・。訳わかんなくて・・・。 CPUとか、換えればいいのかなって思ってきたんですけど・・・。」 まだまだPC初心者である荻上には、わからないことが多い。 「いやー。たぶんメモリが足りてないんだよ。容量の問題もあるかな?」 「メモリ?」 「うーん、この前あのPCの形とかは見てるから、どうすればいいか分かるよ。」 「本当ですか!?」 「うん。それじゃ、ご飯食べた後に一緒に見に行こうか。」 「え・・・。笹原先輩も何か用があってきたんじゃ・・・。」 「いやいや。いつもの巡回。気にしないでいいよ。」 「はあ・・・。じゃあ、お言葉に甘えて・・・。」 さて、到着したのはパーツショップ。 「中古でも出回ってないわけじゃないんだけどね、値段そう変わんないからさ、 新品買った方がいいだろうねえ。穴の数も分かってるし・・・。」 「はあ・・・。」 この二年間でそれなりのPC知識が笹原にはついていた。 ああいうものを持つと色々いじりたくなるのは男の性である。 「他になんか欲しいものとかないの?」 「タブレット使ってみようかなって思うことはあります・・・。」 「ああ、そういうのあると便利そうだよね。」 会話をしながら笹原は必要なメモリを店員に訪ねていた。 「えっと、1万ぐらいだね。」 「え、そんなもんでいいんすか?」 CPUの値段を見てきた荻上にはすごく安く感じた。 「まあ、メモリでもおっつかなくなったらCPU換えた方がいいけど・・・。 多分、当面はそれですむと思うよ。」 「はあ・・・。それじゃ、タブレットも見てみようかな・・・。」 「うん、それがいいんじゃない?」 タブレットに関してはたいした知識がない笹原だったが、 店員に話を聞きにいったり、色々と手助けをしてまわった。 購入して、外に出る。 「結局、二つあわせても予算より安く済みました・・・。」 「うん、良かったね。」 パーツショップからの帰り道。同人ショップの目の前に差し掛かる。 「ちょっと寄ってく?」 「え・・・。あ、はい・・・。」 荻上ははじめ寄って帰るつもりだったが、笹原と一緒に行動しだして諦めていた。 しかし、店の前に差し掛かったとき、顔に出てしまったのだろう。 気を利かした笹原が声をかけたのである。 「じゃ、買い物終わったら店の前で待ち合わせね。」 おそらく、買い物風景を見られたくないだろう荻上を思い、 店内では別行動にすることを提案した笹原。 まあ、見られたくないのは笹原も一緒だろう。 「わかりました・・・。」 そういって別れ、それぞれ買い物をする。 (何かさっきの約束、恋人みたいだったなあ・・・。) 買い物をしながらもそんなことを考えて顔が真っ赤になる荻上。 しかし、すぐに顔を振って、その考えを打ち払おうとする。 (いやいや・・・。そんなんじゃねえって。笹原さんは別にそんなんじゃ・・・。) しかし、先ほどの言葉が頭でリフレインしては同じ問答の繰り返しである。 買い物が終わって、階段を下りていくと、入り口にはすでに笹原がいた。 「あ、すいません!」 思わず出た謝罪の言葉に気付いて、笹原はこっちを振り向く。 笑顔で手を軽く振って、気にしてないよ、の合図を送る。 しかし、あせって駆け下りていく荻上は、後二段のところでつまずいてしまう。 「きゃ・・・。」 階段から転げ落ちそうなところを笹原が抱きかかえた。 「・・・大丈夫?」 「え・・・。あ、はい・・・。」 抱きかかえられた状況に、少ししてから恥ずかしくなる荻上。 「あ、あ、も、もう大丈夫ですから・・・。」 「あ、ご、ごめん・・・。」 しっかりと荻上を立たせて手を離す笹原。 「いえ・・・。迷惑おかけしました・・・。」 「いやいや・・・。」 お互い、妙な緊張感が走っていた。 「じ、じゃあ、いこうか・・・。」 「は、はい・・・。」 駅に向かう途中で、次に寄ったのはゲームショップ。 歩いているうちに徐々に緊張感はほぐれていた。 「最近のゲームって面白いのあります?」 「ワンダ、面白かったよ。」 「へえ。イコのチームが作ってるんですよね。」 「そうそう。やって損はないよ。今度貸してあげるよ。」 「じゃあ、お願いします・・・。」 ふと、荻上がショップの二階に向かう階段の張り紙を見る。 あるソフトのタイトルが書いてあった後にこうあった。 『本日13時より限定版販売します!』 二階はいわゆるパソゲー、もっと端的に言うとエロゲーなのだが、 それが今日発売してるのがあったようなのである。 (あ、もしかして・・・。) 前、そのゲームのタイトルを斑目と話しているのを聞いたことがあった。 「あの、先輩、もしかして、あのゲーム買いに来てたんじゃ・・・。」 ん?と言われてそっちの方を向く笹原。 「あはは。まあ、目的のひとつじゃないって言えば嘘になるけどね。」 今はすでに15時。限定版はもうないだろう。 「す、すいませんでした。」 「え、え、別にいいよ。時間通り来ても買えるとは限らないしさ。」 「で、でも。」 「それじゃ、これからそれ通常版で買ってくるよ。ちょっと待ってて。」 「は、はあ・・・。」 笹原の気遣いにまた少しどきどきする荻上であった。 笹原の目的がエロゲーであるという事実は、どうでもいいようだ。 二人は近くに住んでいるので、降りる駅も一緒である。 電車の中でも色々話をした。 ゲームのこと、漫画のことから、取り留めのない日常のことまで。 駅の改札から下りて、二人の家への分かれ道。 「今日は、本当にありがとうございました。」 「いやいや。今度からは何かあったら先に相談してよ。 今日俺にあわなかったら大損してたよ?」 「本当、そうですね・・・。反省しました。」 「あはは。まあ、それつけるのに分からないことがあったらメールでもしてよ。」 そういって、買ったメモリに視線を送る。 「はい・・・。何から何まですいません。」 「いや、でも、今日は楽しかったよ。」 「そうですか?・・・そうですね。楽しかったです。」 にっこり笑う笹原の言葉に、 最初疑問で返したのは迷惑だったんじゃないだろうかという気持ちがあったから。 でも、その笑顔に、また今日を振り返って、楽しかったと思った。 「それじゃ、また大学でね。」 「はい。また。」 そして、二人はそれぞれの帰途についた。 荻上は思った。 (今思うと、ああやって二人で歩いたのって二回目だけど・・・。 周りから見たらそういう関係って思われてたのかな? うわー。スゲーハズカシー・・・。でも、本当楽しかったな・・・。) 顔を赤くしながら、歩く。 笹原は思った。 (よし、今日は頑張った。頑張ったよな? 最後、楽しいって言ってくれたし。俺も楽しかったし。 限定版捨てて良かった。本当に、良かった。) ガッツポーズを決めながら、歩く。 「こにょにょちは~。」 「こんちは。」 「・・・・こんちは。」 「こんにちは。・・・何かご機嫌ですね?」 「いやいや、昨日アキバへ行きましたらこんなシーンを撮りまして・・・。」 「ま、まさか・・・!」 「あら!笹原さんと荻上さんじゃないですか!」 「あちゃー・・・。」 「あらあらあら・・・。こんな風にデートする中だったんですねえ・・・。」 「違います!たまたま会って、買い物手伝ってもらっただけで・・・!」 「いずれにせよ、朽木くん、GJですよ!」 「いや~、褒められると嬉しいですにょ~。」 「あはは・・・。」
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高×笹 【投稿日 2006/03/07】 カテゴリー-現視研の日常 管理人注 管理用にタイトルは勝手につけさせていただきました。ご容赦。 「あれ? 今日は笹原君1人?」 「うん。荻上さんも大野さんもまだ来てないよ」 高坂が部室に入ると、そこには今日発売されたばかりの少年マガヅンを読んでいる笹原の姿があった。部室には2人だけだ。 「あ、マガヅンだ。僕、まだ読んでないんだよね。くじアン読んだ?」 「いや、まだだよ」 そう言いながら笹原がページを捲ると、お待ちかねのくじアンが始まった。 「くじアン読んだら次、読む?」 「いいよ。2人で一緒に読もう」 「え?」 「駄目かな?」 「あ、いや…いいけど…」 「よかった、早く読もうよ。続きがもう気になるんだ」 2人は、1つのマガヅンを一緒に読み始めた。高坂が読んだのを確認して、ページを捲る笹原。 1冊の雑誌を2人で読んでいるため、2人の距離は肩と肩がくっつくぐらいに近い。というか、くっついている。 しばらくして、2人はくじアンを読み終わった。しかし…。 「こ…高坂君?」 一向に高坂は笹原から離れない。あろうことか、更に距離を縮めてきた。 「…笹原君…いい匂いがするね…」 「こ、高坂君!?」 離れようとする笹原の背中に腕を回し、抱き寄せる高坂。 「こっ…!」 「ふふ、可愛いよ笹原君」 「やめてよ! 俺たち、男同士だろ!?」 「そんなの、関係ないんじゃない?」 微笑むと、高坂は笹原の唇を塞いだ。あまりにも突然の出来事に、目を見開く笹原。 最初は抵抗していた笹原だったが、徐々に力が抜けていくのが分かった。 唇を離すと、つ…と銀の糸が2人を結んだ。 「笹原君……ごめんっ」 「え!? ちょっ…」 笹原を押し倒す高坂。 「もう我慢できないや…」 「こ、高坂君!? 駄目だよ! 荻上さん達が来ちゃうよ!」 「見せ付けてあげようよ」 「ちょっ…待っ…そこは…」 「ふふ…最高に可愛いよ、笹原君…」 「や、やめ……ふぁああぁッ!!」 「ふぅ、続きはどうスっかね」 荻上は1人部室で原稿を描いていた。たまには笹原が「受け」なのもいい。 そこに、咲と大野が現れた。 「ちーす。お、荻上なに描いて…」 原稿を覗き込むと、咲は固まる。しばらくして、ぷるぷると震えだした。 「おっ…お前………なに描いてやがんだああぁぁぁああッ!!!!」 「そうですよ! 荻上さん!」 拳を握りながら大野。 「高坂さんはどうみても『受け』でしょう!?」 「そっちかよ!」 急に目が覚めたので書いてみた。今は反省している。
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『はじめてのおつかい』 【投稿日 2006/09/29】 カテゴリー-笹荻 「戦略会議?」 荻上千佳がすっとんきょうな声を上げたのは、目の前の大野加奈子のセリフが一瞬理解できなかったからだった。 「そそ、そーです。会議です」 加奈子は楽しくてしょうがないという表情をしている。 「第二回・荻上さんのコミフェスデビューを現視研で応援しよう会議~!」 「なんでそんなコトしなきゃならないですかっ!」 テンションの上がってくる加奈子の声に負けないように、千佳も声を張り上げた。 「私の個人サークルで参加してるんですからご迷惑はおかけしないって説明したじゃないですか。それになんですか第二回って!」 7月はじめのとある午後。いま現視研部室にいるのは加奈子と千佳、そして二人に背中を向けて履歴書を量産中の笹原完士の3人だけだった。 「なーに言ってるんですか水臭い。荻上さんだって現視研の一員でしょう?メンバーがサークルの趣旨に沿った活動をしてるんですから、手伝わないって手はありません」 加奈子が言葉に力を入れる。 「それに第一回はついこないだやったじゃないですか、荻上さんが当選したの教えてくれた日に」 「う」 千佳の動きが止まる。そのことは……思い出したくなかった。 千佳が夏コミの当選を知ったのは6月のおわりのことだった。冬には覚悟を決めて申し込んだ即売会だったが、数ヶ月を経る間に記憶も覚悟も当時の勢いを失っていた。 いざ当選通知をポストで発見してみると、「自分にできるのだろうか」「漫画なんか描けるのだろうか」などと不安と後悔ばかりが先に立ち、翌日顔を出した部室で千佳は加奈子にぽろりと本心を吐露したのだ。 そんな彼女を加奈子は先輩として友人として励まし力づけ、それに千佳も勇気づけられた。それまでギクシャクしていた二人の仲も、わずかではあったが近づいた日だった……千佳が加奈子にコスプレをさせられたこと以外は。 「あの会議、笹原さんも憶えてますよねー?」 加奈子が笹原の後頭部に話しかけると、彼はこの位置でも判るくらい顔を紅潮させた。 「あー!笹原先輩忘れてくださいってお願いしたじゃないですか!」 「あ、あ、ごっごめん」 真っ赤な顔で振り向いて詫びる。が、千佳の顔を見てあの日のことをさらに思い出し始めたのは明らかだった。頭の上に雲型の吹き出しが見えるようだ。 「えーと、いや、なにも憶えてないよ?ホラあの日俺は部室に顔出さなかったんじゃ……」 「荻上さんのベアトリーチェ、かわいかったですよねー?笹原さん」 「ぶ!?」 「大野先輩~っ!」 笹原先輩に見られた日。あんな恥さらし、一緒の不覚だ、そう思って忘れようとしてるのに。大野先輩のバカ。 「そんなくだらない話ばかりしてるんなら、もう帰りますからね!」 捨てゼリフを投げつけて帰ろうとする。 「荻上さん、からかったのはごめんなさい、でも一人じゃ大変ですよ」 加奈子は立ちあがろうとする千佳を呼び止めた。 「去年の笹原さんたちの話聞いてみて、人手はやっぱり必要だって思ったんです。設営や撤収なんか力仕事もあるし、トイレや食事の間スペース閉めたくないでしょう?せっかく本作るんなら、いっぱい人に見て欲しいんじゃないですか?」 中腰のまま動きを止めて、痛い所を突いてきた加奈子を睨む。 実際、一人で全てをやれなくもないとは思っていた。これまで下調べをして、当日の運営の仕方は頭には入っている。しかし、そもそもサークル参加が初体験の千佳にとっては不安材料も多く、なにより加奈子が言うとおりブースが無人になる時間が惜しかった。 先日の加奈子との話し合いで個人誌を発行する覚悟は決まった。が、どうせ出すなら一人でも多くの人に、自分の作品の出来を見て欲しいのが心情というものだ。 たった数時間の開場時間に、知名度も根回しもない自分の本の前で立ち止まってくれる人が一体どれほどいるというのか、そう思うと、これから制作する作品たちとなるべく一緒に過ごし、目前を通り過ぎる人たちに一言でも自分の漫画をアピールしてやりたいと思った。 食事は最悪、抜いたっていい。だけどトイレは?冬にも思い知ったあの熱気の中で具合が悪くなったら?不測の事態が起こったら? 「わたしたちも荻上さんが頑張ってるの、知ってますよ。だから、ちょっとでいいからお手伝い、させてください。ね?」 火のつきそうな千佳の視線をものともせず、にこにこと笑いながら加奈子が提案する。ようやく汗が引いてこちらを見ている笹原も、千佳を見つめてうなずいた。 「……わかりました。確かに人手があるに越したことはないですから!」 我ながら素直じゃないなと思いながら、根負けした風を装い椅子に座る。加奈子の笑顔が一段と輝いた。 「ありがとうございます!わたし、頑張りますね。笹原さんも頑張りましょうね」 「あ。うん、そうだね」 「いや、お礼言うの、私のほうですし。すいません。ありがとうございます」 詫びるのも感謝するのも慣れていない自分の声が、まるで棒読みのように聞こえる。それでも二人は、にこにことこちらの言葉を聞いている。イヤミでもなんでもないのは、もう解っていた。現視研の人たちというのは、こういう人種なのだ。 「じゃあじゃあ、いつにしましょうか、荻上さんちに行くの」 「え……」 「はあっ?なんで私の家なんですか!」 「いーじゃないですかぁ、リーダーの家に集まるなんて決まりみたいなもんですよ。参加要領とかいろんな資料も荻上さんちなんでしょ?持ち歩くより、自分で保管してるほうが絶対安心ですよ」 「あー。去年やった時にも入場券見当たらなくなって慌てたんだよね、ギリギリで」 「……わかりましたよ!もういいです私の家で」 「荻上さん、そこはもっと明るく『Welcome home,my dear~』って」 「英語なんか喋れません!」 「Oh,no」 「おーのーじゃねっスよ、いっくら大野先輩だからって」 「ぷっ」 笹原が吹き出した。 「?」 「どうしたんですか?笹原さん」 「あー、あ、ごめん」 慌てた様子で謝るが、笑いをこらえているのが明らかだ。 「いや、大野さんと荻上さんの掛け合い、なんかテンポよくなってきたなーって思ってさ」 「あらまあ」 「そっ……!」 まんざらでもない様子の加奈子と、条件反射的に怒り出す千佳。この対比がまた笹原のツボに入って大爆笑する。 「あっはははは!」 こんなことで笑えるなんて、就職活動でそうとう疲れてんだなァ……そんなふうに思っていると、いつのまにか隣に寄ってきた加奈子が紙片を見せた。 「荻上さん、ここだけよろしく」 「は?」 戸惑う暇も与えず千佳を引っ張って立たせ、今度はなんだと興味津々の笹原に視線を送る。 「曜湖と!」 千佳の脇腹をつつく。紙切れに書いてあった文字。『荻上さんのセリフ→』……。 「あ、あっ……鳴雪のっ」 「「げんしけんシスターズでーす!」」 「ってナニやらせんですかーっ!」 セリフを合わせるばかりかうっかりポーズまでとってしまい、慌てて抗議するものの、加奈子はどこ吹く風だ。 「ノリいいじゃないですか荻上さん。ほら笹原さんもたいそうお気に召したようですよ」 悶絶している笹原を指す。笑いすぎで声も出ないらしい。 「笹原さん笹原さん、今度は咲さんに『ミナミハルオでございます』って言ってもらうバージョン、準備しときますから」 「古いっすよ大野先輩」 「も、やめて……死んじゃうよ俺」 「ほら、笹原さん困ってるじゃないスかぁ」 笹原が楽しんでいるらしいのはありがたい。が、あまり恥さらしな真似ばかり彼の前でしたくないのも本音だった。これまでの千佳の記憶でも、笹原の前では自分はまったくいいところを出せていない。 思い起こしてみれば、1年前の夏コミ準備ではみんなが一生懸命なときに勝手に泣き出し、冬コミでは変装までしてやおい同人誌を買いこんでいるのを見つかり、先日はついに恥ずかしいコスプレまで……。 「ふざけてるんなら本当に帰りますよ!」 「あああごめんなさあい~!」 まったく、3人が集まれる日付を確認するだけのことになぜこんなに時間を食わされるのか。結局『第二回ナンタラ会議』は本題3分、雑談27分を費やして終了した。 **** 「それじゃ来週、よろしくお願いします。ご迷惑かけます」 「だから硬いですよ荻上さん、もっと楽に楽に」 いずれにしても気分がそがれた千佳は、テーブルの上の荷物を片付け始めた。今日はもう講義もないし、自宅で原稿の続きでもしよう。その前にペン先のストックが切れているし、気分転換に買い物でもしてこようか。 「あれ、荻上さん帰っちゃうんですか?」 「ええ、あとは家帰ってやります」 「それじゃ、俺も出るよ。大野さん4限あるんでしょ」 「あ、すいませえん。履歴書書き、はかどりました?」 「ご覧のとおり。ちょっと失敗しすぎちゃったよ、もう少し買ってこなきゃ」 あ。千佳の頭にセリフがまたたいた。『あ、私も生協寄るんで、一緒に行きませんか?』どうせついでだし、さっきの無愛想な態度を詫びるチャンスもあるかもしれない。 「あ……」 口を開くと同時に、笹原の携帯電話が着信を告げる。聞きなれた着メロではない、普通の呼び出し音だ。 「あ、ちょっとごめん……ハイ笹原です……あ、はいお世話になります。先日はありがとうございました」 彼が一気に緊張したのがわかる。たぶん就職の面接先だろう。これまでにも何度か同じ場面に遭遇していた。 「はい、はい……え、ホントですか?」 口調が明るくなった……いいニュースだろうか。同じように固唾を飲んで見守る加奈子と顔を見合わせる。 「ええ、はい、大丈夫ですよ。お願いします、ありがとうございます。15時半に本社ですよね、はい、行けます」 そのあともしばらく会話が続き、電話は切られた。笹原は時計を確認すると、壁にかけてあったスーツを手にする。加奈子が聞いた。 「笹原さん、いいお話ですか?」 「うん、二次面接やるから来いって。福間書房」 嬉しそうに答える。大手出版社の名前に、千佳も心が浮き立った。 「あ……おめ」 「ええー!すごいじゃないですか笹原さん!」 おずおずと発せられた千佳の声はしかし、アメリカ仕込みの加奈子の大声にかき消された。 「あ、ありがとう、でもこの先が長いからね。それにもう出なきゃ。あ、履歴書どうしよ……ここに置いておいて……いや、明日も朝から出ちゃうし……しょうがないな、持って行くか」 「……ぁ、あのうっ!」 「わっ、え、なに?」 勇気を振り絞って出した声は、今度は少々大きすぎたようだ。笹原も加奈子も、目を丸くしてこちらを見ている。 「あ、すいません……私、帰る前に生協で買い物して行こうと思ってたんですが、その」 笹原に目を合わせられない。余計なお世話じゃあるまいか。断られたらどうしよう。 「履歴書、ついでに買っておきマスよ?……それに、その書きあがった分も、笹原さんの家にお届けするくらい、なら」 言ってしまった。お節介に取られないだろうか。お節介だよなあ。 「あ……ありがとう、荻上さん。でも迷惑じゃ……」 笹原が遠慮しそうだと思ったところまでは予想通りだった。が、その声にかぶせて、加奈子の予想外の大声が響く。 「よかったじゃないですかぁ笹原さあん!」 「え?」 「笹原さん、次の会社の履歴書なんか持って歩いたら面接の気迫に欠けますよ!それになにかの拍子に面接先で見られちゃったら大マイナスじゃないですか」 「あ、なるほど」 「せっかく荻上さんがああ言ってくれてるんです。甘えない手はないですよ!」 加奈子が千佳に目配せを送る。千佳も慌てて言葉を重ねた。 「あっ、ほっ、ホントに大丈夫ですついでですから!笹原さんの家の場所も判りますし、あの、ポストにでも入れておきますから」 笹原は千佳を見つめる。そして、ほっとしたように微笑んだ。 「……ありがとう、荻上さん。それじゃ、お願いしてもいいかな」 笹原の役に立てる。それだけで、なぜかは判らないが安堵感が心に広がった。まあこれで、少しは自分のイメージを挽回できる。それだけでもいいではないか。 封筒に入れた履歴書の束と、今から買う分の代金を受け取る。三人で部室を出て、加奈子がドアに鍵をかけた。 「それじゃあ荻上さん、ごめんね、ありがとう。ポストに放り込んでおいてくれればいいから」 「はい、わかりました」 「笹原さん笹原さん。合鍵渡しちゃったらどうですか?」 「……ナニ言ってんの大野さん。それじゃ行ってくるね」 「頑張ってくださいね!ほら荻上さんも!」 「あ、頑張って……クダサイ」 スーツの上着を肩にかけて駅へ急ぐ笹原の背中に、やっとの思いで声をかける。片手を挙げて振り向き、笑ってくれた笹原に、もっと大きな声で言えたらいいのにと思った。 「荻上さん」 もう見えなくなった廊下の先をぼんやり見ていると、加奈子に声をかけられた。 「あ、はい」 「荻上さんも頑張りましょうね!」 顔中に力を込めて自分に笑いかける加奈子に、そこまで気合を入れなくても、と思う。とはいえ、この雰囲気に慣れてきている自分がいるのも確かだった。 「ありがとうございます。原稿描き、頑張りますね」 今のセリフは自然に言えた。自分としては満足だが、……なぜか加奈子の表情は微妙だった。 「……あれ?私なにか変なこと言いましたか?」 「いっいえいえ、なんでもありませんよ。じゃ、わたし講義あるんで失礼しますね」 「はい。じゃ、また」 「さよなら。……荻上さん」 きびすを返して歩き出すが、数歩で加奈子から呼びかけられた。歩きながら振り返る。 「はい?」 「頑張ってください、ね!」 「だーから頑張りますって!」 まったくおかしな人だ。原稿頑張るって言ってるでねェか。 自分の頬が熱くなっているのはあえて無視して、千佳は売店へ急ぎ足で向かった。 **** そして……そして数時間後。 千佳は現視研の名簿から書き写した笹原の住所を見つめながら、夕焼けの住宅街を歩いていた。顔には妙な疲労感が見て取れる。 「……なんだってこんなことになっちまったのか」 もう何回繰り返したか判らない呟きをもらし、ため息をつく。 つまづき始めは生協の売店だった。 文具売り場へ行くなり、学生と店員との話し声が聞こえてきたのだ。 「ええ~?おばちゃんそりゃないよォ!」 「ごめんねー、さっき来た学生さんが残ってた履歴書根こそぎ買ってっちゃって」 耳を疑い近づいた千佳に、続いて言葉が聞こえてくる。 「明日の朝イチで入るから、それ待ってね、すいません」 「もー。いいよ、コンビニ行ってくるから」 「ほんとごめんねー」 事情は飲み込めた。学内の売店はここしかなく、ようするに手近に履歴書用紙を買う場所がない、ということだった。 「(困ったな。……買っておくって言っちまったし、これで手ブラはねえよなー)」 千佳は立ち止まって考えた。 「(コンビニは……なんか間に合わせっぽくて印象良くねえな……『え?わざわざ街まで出て買ってきてくれたの?荻上さん、俺嬉しいよ(感涙)』……ちょっと行ってくっかな、どうせヒマだし)」 降ってわいたイメージアップのチャンス。それに、言いつけられた買い物くらいこなせないでどうする。モノレールで10分のターミナル駅には大きなショッピングセンターがあるし、行って帰ったって小一時間の散歩だ。 ……そう思ってたどり着いた文具店が、なんと改装工事中だった。 「(あー、あー、えーと、町ん中の文房具屋……場所も知らねしこれでまた定休日とかいうオチがついてたら目も当てられねし、そっそうだ、絶対あるトコ!)」 もうこの段階でテンパった千佳の脳には、はるばる特急に乗って新宿に出るしか選択肢がなくなっていた。途中にもターミナル駅や大きなデパートのある街もあるのだが、不運が重なってくると悪魔にでも魅入られたような気分になってしまう。 「(時間がかかるって言ったってここまで来てれば片道30分だし、ほら大きな画材屋だってあるでねェか、そーだそーだちょうど絵の具なんかも見ときたかったんだ、ええい行っちまえ)」 ……と、いったことがあって、千佳の帰還がこんな時間になってしまったのだ。 実際買物はスムースに済んだし、ペン先のほかにも以前から使ってみたかった彩色具も買うことができた。さらにせっかく新宿まで来たんだしとばかりにいろいろ他の買い物までしてしまった千佳がようやく笹原の家を探し当てたときには、もう日が暮れようとしていた。 アパートのドアをノックしてみるが返事がない。彼はまだ帰宅していないようだ。 「(まだ帰ってねェのか、まあでも余計な心配させずにすんでよかった)」 紆余曲折はあったがきっちり用事を果たせることにほっとしながら、バッグから文具店の紙袋を取り出す。ドアノブの下の郵便受けを見つめる。 「(コレだけ放り込んで帰ったら、そっけなさ過ぎるかな?手紙かなんか、つけた方がいいだろか……いやいや、頼まれたモン買って来ただけなんだから……でもなにもナシだと、迷惑してたみたいに取られるかな)」 紙袋を見つめながらまた堂々めぐりを始める。知らず知らず、思考が声に出ていた。 「電話かメールでもしとくか……『いま着きました。履歴書、ポストに入れておきますね』……用件伝えるためだけにメールすんのもなァ」 仮想メールの文面を読み上げる声が乙女モードになっているが、これも本人は気付いていない。 「……『面接お疲れさま!頼まれたものと一緒に栄養ドリンクも買ってきました。これで元気だして下さいね』いや買ってねェし……あ、でも今から買ってきて」 振り向いた千佳の目の前に、人の影。 「荻上さん?」 「ひゃあッ!」 そこには笹原が……ちょうど帰って来た彼が、目を丸くして立っていた。 「さ……」 「え、荻上さん、こんな時間にどうしたの?」 「あ……っ、あの、頼まれものを」 狼狽しながら、とにかく手に持っていた用紙を手渡す。笹原は受け取ったものの、新宿のデパートの紙袋に首をひねっている。 「え、あ、ありがとう……って、えっ生協で買うって言ってなかった?」 「それが……売り切れで」 「それでわざわざ新宿まで行ったの?」 「や、ちょ、ちょっと買い物もありましたし」 「それにしたって……」 こちらを見る笹原の目つきが『それにしたってこんな無駄なことを』と言っているようで、いたたまれなくなる。 「あっ、す……すいません、それじゃこれで」 感情が爆発しそうになるのを感じて、笹原の脇をすり抜けようとする。と、笹原がその手を掴んだ。 「荻上さん、待って!」 「は……っ」 「あ……びっくりした?ごめん」 よほど驚いた表情をしてしまったのか、手を離して詫びる。 「……荻上さん、とんだ手間かけさせちゃったね。ごめんね、ありがとう」 「いっいえ……さっきも言ったとおり、ついでですから」 「あの……せっかくだし、お茶でも飲んでく?」 「……え?えええ?」 「あ、あー、いや、きたない部屋だけどまあ掃除くらいしてるし、その……なんだ、お礼……ってほどにもなんないか、えーっと」 目の前の人物が動揺しているのを見て、千佳はようやく我に返ることができた。 「あ、あの、ありがとうございます。でも今日は帰ります。笹原さん、お疲れだと思いますし、明日も朝から面接ですよね」 「え……あ、うん」 「お使い、こんな時間になってかえってご迷惑おかけしました。でも、また何かあったら気にせず言ってください。それじゃ失礼します」 一気に喋って、くるりと体を回転させて歩きだす。今度は笹原は引き止めなかった。 「……あのっ」 その代わりに、こう話し掛けてきた。 「来週、打ち合わせ、よろしくね。楽しみにしてるから」 千佳は体をわずかに回し、顔を彼に向ける。笑えればいいのに、と思うが、今の自分には無理そうだ。 「はい、よろしくお願いします……私も」 せめて、できるだけ普通の顔をして、彼に答える。 「私も、楽しみですから」 「うん。じゃあね」 「はい、おやすみなさい」 彼の視線を感じながらアパートを出て、自宅に向かって歩きだす。笹原のアパートは通路の蛍光灯も暗く、これなら赤くほてった顔は彼に知られずにすんだだろう。 『楽しみにしてるから』笹原の言葉が脳内にリフレインする。とっさに握ってきた手の温もりを思いだす。どうしたことかそれに重なって、加奈子の『頑張って下さいね』という言葉も浮かんできた。 一心不乱に歩く耳に、ようやく笹原が部屋に入る音が聞こえた。充分タイミングを測って、立ち止まり、振り返る。 遠くに見えるアパートのドア。あの奥に、笹原さんがいる。今日は、ちょっとは役に立てたろうか。 ふと、さっきの自分を思い返す。笑顔こそ見せられなかったが、一生懸命、自然な会話をしようとした自分。うん、あの自分は悪くなかったんじゃないかな。けっこういいんじゃないだろうか。あれなら、……ええと、そう、信頼できる後輩。信頼される後輩になれてると思う。 「……あ。あれ?」 ふと気付いて頬に手を当てる。緊張のせいかなんのせいか顔が赤くなっているのは感じていたが、……あれ。笑ってる。 「ふ……ふふっ。うはー、なんだコレ。うふふっ」 頬の筋肉がひきつれて戻らない。えーと、そか、おつかい無事に終えて安心してんだな、私。 笑いかけてくれた笹原の顔が脳内によみがえる。かつて、落書きノートに描いたみたいな強気の、包み込むような笑顔を見せる彼。 ああ、私は笹原さんのことを……ええっと……うん、『尊敬』、してんだなァ。 家路をたどるステップも軽い。大荷物の重さも感じない。時々軽くスキップしているのも、本人は気付いていない。 この先、まだまだ暑くなる初夏の夜を、千佳は踊るような足どりで帰っていった。 おわり
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30人いる!その8 【投稿日 2007/09/02】 ・・・いる!シリーズ 恵子「そんじゃあ配役決めようか?」 伊藤「着ぐるみの人以外は、冬樹、夏美、それにモアちゃんだニャー」 男性会員たちを見渡す恵子。 恵子「うーん、お前ら不細工じゃないけど、イケメンや美形もいねえな。うーんと…」 その時、豪田の頭の中でピンッという音が鳴った。 そしてズンズンと有吉に近付く。 有吉「えっ?」 豪田は有吉から眼鏡を外した。 有吉「ちょっ、ちょっと、返してよ」 有吉を凝視する一同。 イケメンや美形とまでは行かないが、割と知的で整った顔立ちだった。 沢田「こ、これは?」 巴「行ける!」 恵子「おしっ、有吉、お前冬樹やれ!」 有吉「ぼっ、僕ですか?」 巴「監督命令となれば、しょうがないわね」 有吉「(マジ顔で)分かりました、監督。(情けない顔に戻り)それより豪田さん、眼鏡返してよー」 豪田を追う有吉、荻上会長の肩を掴んだ。 荻上「えっ?」 有吉「あれっ?豪田さん、えらく小さくなったね?それに華奢だし、(筆握り)頭に筆があるし、何か会長みたい…」 神田「いや有吉君、あなた掴んでるの会長だし…」 豪田「ほら眼鏡」 言いながら豪田、有吉の眼鏡をかけてやる。 有吉「わっ、会長?しっ、失礼しました!」 慌てて荻上会長から離れる。 荻上「まっ、まあ見えなかったんだからしょうがないわよ。気にしないで」 豪田「ネタでやってるのか、それとも本当に見えないのか…」 沢田「どうもマジでやってるみたいよ」 恵子「まあ冬樹って動かんキャラだから、何とかなんだろう。よし、次は夏美だな」 一同「うーん…」 台場「夏美ってさ、数年後だったらやっぱり、秋ママみたいな体型になってるんだろうな」 神田「クルルの銃で大人になった夏美って、確かにナイスバディだったわね」 有吉「ナイスバディでスポーツ万能と言えば…」 会員たちの視線が巴に集中した。 巴「(自分を指差し)わっ、私?」 恵子「まあ髪は染めればいいか。よしマリア、お前夏美やれ!」 有吉「監督命令なら、しょうがないね」 巴「…分かりました、やります」 伊藤「あとはモアちゃんだニャー」 豪田「アンジェラでいいんでねの?ちと胸デカ過ぎだけど」 台場「うーん…金髪はいいとして、青い目はどうだろう?」 荻上「その点なら心配無いわよ」 台場「どゆことです?」 荻上「アンジェラの瞳の色は、光の加減によって褐色や黒にも変わるのよ」 浅田「なるほど、それなら照明やカメラアングルで上手く誤魔化せるかも知れませんね」 台場「それならいいですね」 恵子「よっしゃ、モアはアンジェラで行こう!ミッチー、連絡してやれや」 神田「はーい。千里、ちょっとパソコン借りるわよ」 神田は国松の部屋のパソコンで、アンジェラにメールを送った。 (アンジェラは日本語の読み書きは何とか出来るので日本語で送った) 向こうは夜のはずだったが、アンジェラは起きていたらしく、すぐにメールが返って来た。 神田「アンジェラからの返信メールです。えーと何々…日垣君、コスよろしく…快諾してくれたようですね」 日垣「コスっていうと、ハルマゲドンの時のあの格好のことかな?」 伊藤「うーん、予定ではその格好するシーンは無いんだがニャー」 恵子「無いなら追加してやれよ」 伊藤「うーんと、それじゃあ…そうだ!ベム出てきたとこで、モアちゃんが例の格好でベムどついてクルル時空に叩き込むってのはどうでしょうかニャー?」 恵子「いいんじゃねえか。それで行けや」 伊藤「かしこまりましたニャー」 日垣「夏コミの時はアンジェラのコス、ほとんど田中先輩1人で作ってたから、サイズが分かんないな。神田さん、メールで訊いといてくれる?」 国松「サイズなら分かってるわよ」 日垣「国松さん採寸手伝ったの?」 国松「この間夏コミの時に、アンジェラのコス姿見たから、大体分かるわよ」 しばし時間が凍結した。 荻上「国松さん、見ただけでサイズ分かるの?」 国松「ええ、田中先輩に服の上から見てサイズを目測するコツをお聞きしたんです。そんで試してみたら、ほぼ当たりました」 1年女子一同『そう言えば夏コミで絶望先生コスやる時、制服のサイズなんて既製品なのに、千里しつこくサイズ聞いてたな。あれがそうだったのか…』 1年男子一同『国松さん恐るべし!』 「あと着ぐるみ組の配役だけど、日垣君、僕チンがベム演るから君アル演ってくんない?」 1年生たちの発言が活発で切り込みにくかったせいか、それまで意外に大人しくしていたクッチーが突如口を開いた。 日垣「俺ですか、アル?でもこのプロットだと、どっちかと言えばアルの方が攻め込んでますから、俺じゃ無理じゃないですか?」 朽木「その点は大丈夫。このプロットのアルって、ジャイアントロボみたいなロボットムーブの方が合いそうだから、練習すればすぐ出来るにょー」 日垣「まあそれなら動きは何とか。でもベムの方がカット数多そうだし、大丈夫ですか、就職活動の方は?」 朽木「さっきも言ったように、僕チンは警官の試験受けるから、試験日当日以外は目いっぱい撮影に付き合えるにょー」 日垣「いいんですか?」 朽木「いいんです。それにこの話だとアルよりベムの方が打たれ強さ要りそうだし。体力は日垣君の方がありそうだけど、打たれ強さなら僕チンでしょ」 恵子の了承を得て、結局アルが日垣、ベムがクッチーということで落ち着いた。 一方女子の着ぐるみ班も配役の相談を進めていた。 沢田「まあクルルがスーちゃんで、軍曹さんが会長は決まりとして…」 荻上「決まりなんだ…」 国松「スーちゃんはそもそもクルル希望ですし、何と言っても会長も軍曹さんもリーダーですから、やっぱリーダーの立ち位置でないと」 荻上「まあ、それはいいけど、残るはタママとギロロとドロロかあ…」 国松「それなんですけどニャー子さん、タママお願いしていいですか?」 沢田「なるほど、タママなら声可愛いし、適役かも」 国松「それにタママって、格闘技やってる割には肉弾戦よりタママインパクトばっかしだから、動きは意外と少ないでしょ」 荻上「一応他所から招いたお客さんってことで配慮した訳ね」 国松「そうです。どう、ニャー子さん?」 ニャー子「タママなら声作れますニャー。(可愛い高音で)ハーイモモッチー!(ドスの効いた低音で)うだるぞぬしゃー!」 一同「おー!」 沢田「これなら吹き替えは要らなさそうね」 ニャー子「でも私、タママインパクトは出来ませんニャー」 こける一同。 国松「その点は大丈夫ですよ。タママの顔は通常のものと別に、タママインパクト発射用の顔も作りますから。ニャー子さんはポーズしてくれるだけでいいです」 ニャー子「光線はどうするのかニャー?」 国松「シネカリでフィルムに直接描き込みます」 ニャー子「しねかり?」 国松「8ミリ特撮の技法で、フィルムに針みたいなもので軽く傷を付けて、光線っぽい絵を作る方法です」 沢田「でもそれ、8ミリのフィルムにそれって…」 国松「もちろんかなり手間で根気の要る作業だけどね。何しろ虫眼鏡でフィルム見ながら、ひとコマひとコマに描き込んで行くんだから」 「そういうのなら、私にまかせなさい!」 台場が話に割り込んだ。 国松「晴海、やったことあるの?」 台場「(笑って)無い無い。でもその代わり、私米に字書けるわよ」 室内にザワッという音が轟く。 国松「米に字って、例えばどんな?」 台場「まあさすがに2文字までが限度だけどね。画数的にも、薔薇とか憂鬱とかぐらいが限度ね」 一同『どうやればそんな複雑な字が米に書けるんだ…』 国松は台場の右手を両手で力強く握った。 国松「お願いするわ、光学合成担当!」 一同『それは光学合成と言うのか?』 沢田「あと残るはドロロとギロロかあ…」 国松「それなんだけど彩、あなたドロロでいい?」 沢田「ちょ、ちょっと待って!私、運動神経無いんだから、あんな動き無理!」 国松「(笑って)あんな動き、誰も出来ないって。大丈夫よ、何も生であの動きやれっていう訳じゃないから」 沢田「そんじゃあどうするの?」 国松「カメラワーク駆使するのよ」 沢田「カメラワーク?」 国松「例えば軽く走ってるとこをカメラ低速で撮影して、再生時は標準で回して早回し状態にして、凄く速く走ってる図の出来上がりとか」 沢田「なるほど、あと他には?」 国松「えーとね…例えば飛び上がるポーズをしたとこを撮り、続いて同じ背景をドロロ無しで撮り、それをつなげば消えるように高速でジャンプする図の出来上がりとか」 沢田「それなら私でも出来るかも。分かった、私ドロロ演るわ」 荻上「ということは、国松さんギロロ演るつもりなの?」 国松「まあギロロだけは実際に武器持って動かなきゃならないし、そんなキツイの人様には押し付けられませんから、言い出しっぺが責任取りますよ」 荻上「国松さん…」 国松「大丈夫ですよ、会長。これでも私、多分ケロロ小隊役の5人の中で、1番体力あると思いますから」 こうして着ぐるみ班の配役が決まり、神田はホワイトボードにそれを書き込んだ。 恵子「さてと、配役も無事決まったことだし、次はスタッフの役割分担を決めるか。先ずは千里、とりあえず特撮関係はお前が全部仕切れや」 国松「はいっ!」 「ということは、こうですね?」 そう言いながら、神田はホワイトボードに「特技監督 国松」と書き込んだ。 国松「そうじゃないわよ、ミッチー」 国松はホワイトボードに近付き、特技監督を消して「特殊技術」と書き直した。 神田「とくしゅぎじゅつ?」 国松「本来特技監督ってのは、特撮班と本編班の2班体制で撮影する場合の名称なのよ。 うちの場合は全部ひっくるめて総監督だから、その名称は不向きよ。それに…」 恵子「それに?」 国松「本来特技監督を名乗っていい人物は1人だけなんです」 恵子「誰?」 国松「円谷英二です」 国松によれば、円谷英二の直弟子の特技監督は、円谷プロの初期の作品では自らを特殊技術と称していたという。 これは彼らにとっての特技監督とは円谷英二ただ1人であり、自分ごときが特技監督を名乗るのはおこがましいという考え方の為だ。 国松「だから私も、それに倣おうと思います」 恵子「わあった、そんじゃ千里それで行けや」 「さてと特技監督、じゃなくて特殊技術が決まったとこで、あと助監督なんだけど…」 恵子は一同を見渡し、伊藤と眼が合ったところでピタリと止まった。 オドオドする伊藤。 恵子「お前さあ、脚本書いた後はヒマだろう?」 伊藤「まっ、まあそうですニャー」 恵子「そんじゃお前、チーフ助監督やれや」 伊藤「ぼっ、僕がチーフですかニャー?」 恵子「まあ助監督は原則手の空いたもん全員だけど、通しでやる奴が1人は要るだろ?」 有吉「なるほど、伊藤君なら脚本の隅から隅まで把握してるから、全体を見ながら現場を仕切るのには適役かも知れないな」 国松「それに普段のパシリっぷりから見て、助監督の必要最低条件のフットワークの軽さもあるしね」 恵子は普段から、手の空いてる者は誰彼構わず命令したりこき使ったりしているのだが、眼が合うとオドオドする習性のあるせいか、伊藤が命じられる確率は高かった。 恵子「つう訳で、いいな伊藤?」 伊藤「かしこまりましたニャー」 『何のかんの言っても恵子さん、監督らしくなってきたわね』 そんな様子を見て、荻上会長は内心感心していた。 みんなが役割分担について話し合っている傍らで、豪田はプロットを読みながら、まるで北島マヤが台詞を覚えてる時のように、1人片隅で何やらブツブツとつぶやいていた。 荻上「どしたの?」 豪田「あっ、荻様。今この映画に必要なセットを考えてたんです」 荻上「セット?」 豪田「先ずケロロ小隊の作戦司令室とクルルズラボが要りますね。日向家内部の各部屋とクルル時空は、どっかでロケするとして、あとは最後のボロボロになった日向家ですね」 立て板に水の如くスラスラと撮影場所について述べる豪田に、沈黙する荻上会長。 豪田「まあ作戦司令室とクルルズラボは、ベニヤ板でそれらしいのが作れると思います。日向家は適当にガラクタ並べるか、解体中の家探して交渉するか。あとは…」 荻上「あとは?」 豪田「ベム1号とケロロ小隊が戦うシーンで、ケロロたちが吹っ飛ばされるでしょ?女の子が入った着ぐるみを地べたにモロにぶつける訳には行かないじゃないですか」 荻上「(改めてプロットを読んで青ざめ)確かにそうね…何かいい方法があるの?」 豪田「ウレタンか綿を布で包んで岩みたいな感じに塗装して、岩型のクッションをいくつか作って、クルル時空になる原っぱなり野原なりに配置すればいいと思うんです」 荻上「いい考えだと思うけど、そんなこと出来るの?」 豪田「その点はお任せ下さい。この豪田蛇衣子、伊達に8年も舞台美術やってませんから」 一同「8年?!」 豪田「小学5年生の時の学芸会以来、何故か私のクラスって劇に縁があってね、中3までずっと文化祭やら何やらで、毎年1回は舞台セット作ってたのよ」 荻上「でも8年って言ってたよね?高校では?」 豪田「高校では同じ中学から来た子が私の噂広げちゃって、学祭で劇やる他所のクラスや演劇部からお誘いがあったんですよ」 台場「て言うことは、蛇衣子の作った舞台セット、好評だったってことね」 巴「凄いわね」 豪田「まあ最初は、単に昔からこの通りの体型だったから、舞台でやれる役が無いから回ってきただけだったんだけど、これでも図画工作や美術はいつも成績5だったからね」 恵子「よっしゃ蛇衣子、お前美術担当な」 豪田「はいっ!あと照明も私でいいですか?ライトやレフ板持つ人は出来るだけ統一した方がいいと思うんですけど」 岸野「確かにライティングはカメラとワンセットなポジションだから、なるべく統一した方がいいね」 浅田「もしかして豪田さん、照明もキャリア8年とか?」 豪田「さすがにそんなにはやってないわよ。舞台の方動かしたりするの、私が現場仕切ってやること多かったからね。せいぜい3~4回ってとこかしら」 巴「十分やってるじゃん…」 恵子「よっしゃ、ほんじゃ照明もお前に頼むわ」 豪田「はいっ!」 台場「あの、あと私、渉外関係の仕事一括して受け持っていいですか?」 恵子「しょうがい?」 台場「平たく言えば、外回りの仕事ってことですよ」 恵子「どんなことやるんだ?」 台場「まず予算まだ増やしたいですから、スポンサー集め続けようと思います。そのついでに、関係官庁への行ったり、著作権関係のことやったり」 一同「著作権?」 台場「そりゃそうでしょ。現在放送中のアニメの実写版映画作って、学祭とは言え木戸銭取って客に見せるんだから。いろいろ手続きは要るはずよ」 荻上「なるほど、そこまでは考えてなかったわね。関係官庁ってのは?」 台場「この手の撮影には、いろいろ許認可が絡んでくるはずです。特にうちは爆発シーンなんてやるんですから」 荻上「確かに外回りの仕事関係、一括して担当した方が効率良さそうね」 恵子「よっしゃ、晴海それやれ!」 神田はホワイトボードに「プロデューサー 台場」と書いた。 神田「ということですね、監督」 台場「プロデューサーなんだ、私…」 岸野「あと監督、俺たちシネハン担当していいですか?」 恵子「何それ、シネハンって?」 岸野「ロケハンとも言いますが、撮影に使える場所を探して回る仕事です」 浅田「カメラテストも兼ねたいので、俺たち2人で回ろうと思うんですが」 恵子「わあった、お前らに任す」 「あと私、内勤系の事務やらせて下さい」 ホワイトボードを背に、唐突に神田が進言する。 恵子「ないきんけい?何やるつもりだ?」 神田「これだけのシーン数のある映画作る以上、記録係要りますよね?」 国松「確かに要りそうね」 神田「それにスケジュール管理も要ると思うんです」 恵子「と言うと?」 神田「このシーン数から考えて、効率良く撮れるように撮影の順番考えなきゃいけないし、それにクッチー先輩の試験のスケジュールも考慮しなきゃいけないし」 朽木「すまんねミッチー」 神田「あと他のOBの方々にも小まめに連絡しなきゃいけませんから」 荻上「まあ確かに、部室に来られる方多いからね」 神田「特にシゲさんは、撮影中はほぼ毎日連絡しなきゃいけませんしね」 恵子「わあった。じゃあその辺りの仕事、よろしくな」 神田はホワイトボードに「シネハン 浅田・岸野」「記録 神田」「スケジュール管理 神田」と書き加えた。 神田「千里、私特撮のことは全然分かんないから、特殊技術担当としてのアドバイス、よろしくね」 千里「うん」 いよいよ役割分担も決まり、本格的に始動した映画制作プロジェクト。 このまま一気にクランクインと思いきや、下準備作業はまだまだ続く。 そしてこのプロジェクトに次々と乱入者が… 30人いる!その9に続く
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【巻数】 1巻 【ページ数】 28ページ 【解説】 新入部員を一人で部室に放置し、反応を児文研の部室から覗き見る現視研の恒例行事。作中ではこれまで笹原と荻上に対して行われたが、笹原の場合は大成功、荻上の場合は、作戦そのものは失敗に終わった。 【コメント】